「今、陛下の声が聞こえませんでしたか?」
「私にも聞こえましたが。」

 同時に顔を上げると、皇帝陛下は壁に寄り掛かって立っていた。

「わぁぁぁ!」
「きゃぁぁ!」
 
 叫び声を上げて立ち上がった私たちを、皇帝陛下は呆れた顔で見ている。

「ど、どうしてここへいらしたのです!?扉が開いた音なんて……まさか!!」
「転移だ!!すごいすごいすごいすごい!」

 私は興奮してランスロットさんの肩をバシバシ叩いた。

「セレーヌ様、痛いです……」
「あ、ごめんなさい!転移を見られるとは思いませんでした。古文書で読んだことはあるんです。でも実際に使える方がいらっしゃるとは思いませんでした。本で読んでもとても使えるような魔力に思えませんでしたし……だって体が消えて別の場所で現れるのですよ?どれくらい魔力が必要になるのでしょうか。やっぱり陛下ほどの魔力でないと難しいですよね。でも続けていけば、私でもできるようになるのかな。すごいなぁ。やってみたいなぁ……ちょっと書庫で調べてみようかな……」

(我が皇妃様は、魔力オタクでしたか。)

「落ち着け。」
「落ち着いてなんていられません!すごいことなんですよ!?陛下はいとも簡単にできでしまうかもしれませんが、私は歴史的な瞬間を目の当たりにしました。あぁすごい!生きている間に転移を見られるなんて思いませんでした!やっぱりこれもロシュフォールたちを助けるために陛下が魔力を磨かれた故の成果で……」
「静かにしろ。会話にならない。」

 皇帝陛下の手がぽふっと頭の上に乗って、私は気が抜けたようにソファーに腰を落とした。

「陛下、来ていただけて助かりました。セレーヌ様がデートしたいそうです。一緒に行けば大丈夫ですよね?」
「危険な目には遭わせたくない。万が一にもルシアの魔力がお前に影響を与えるようなことがあれば……」

 皇帝陛下は、エルバトリアへ行ったときも魔力を使うなと言ってくれた。庭園や森で魔力を使い過ぎたら手を握ってくれて、魔力が消えかけても助けてくれた。皇帝陛下はずっと私を守ってくれている。

「私は陛下の婚約者です。陛下をお支えし、ヴァルドラードのために力を尽くすことが私の務めだと思っております。少しくらい私の力を頼ってください。」
「セレーヌ様……そんなこと言ったら泣いちゃいますよ……」

 ランスロットさんは大袈裟に涙を拭いている。

「陛下、こんなに優秀な女性の魔力使いがヴァルドラードへいらっしゃることは今後二度とありません。これが最後のチャンスかもしれませんよ?」

 気持ちは揺れているみたいだけれど、皇帝陛下は決心がつかないようだ。

「わかりました。でしたら、本当にデートしましょう!ルシアのところへは行かなくていいです。一緒に森を歩いて陛下のおすすめスポットを教えてください!」

 隣を見ると、皇帝陛下は頭を抱えてうずくまっていた。

「あの……陛下?」
「明日……迎えに来る……」

 小さな声が聞こえて、皇帝陛下の姿はぱっと消えた。