「森にある聖なる泉には、ルシアという精霊がいる。この話は聞いたか?」
「はい……」

 そのルシアの話し相手として私がヴァルドラードへ呼ばれた。

「ルシアの魔力が突然暴発して悪の精霊になってしまった。そして悪の精霊となったルシアは城へ来て人間を魔獣に変えた。」
「どうしてそんなことを?」

「それはわからない。何度聞いても口を割らない。」
「もしかして、ルシアが悪の精霊になった理由を聞きだすのが、私の役目なのですか?」

「あぁ。ルシアから女性を連れて来いと言われたのは初めてだった。女性が相手なら何か話すのかもしれない。」
「わかりました。すぐ行ってきます!」

「待て。ルシアの魔力は強い。何をするかわからない。」
「ルシアが女性と話したいと言ってるのですから、私が行けば話してくれるはずです。」

「そう簡単なことではない。今のルシアは悪の精霊だ。」
「でも、ロシュフォールを元に戻すにはルシアに教えてもらうしかないのですよね?」

「そうだが……」

 魔獣に変わったロシュフォールたちを人間に戻すためには、ルシアから悪の精霊に変わった理由を聞かなければならない。私ならルシアと話すことができる。それがわかっているのに皇帝陛下は消極的だ。

「私は何度も陛下に助けていただいています。私も力になりたいです。」

 皇帝陛下はゆっくり顔を上げた。

「悪の精霊に変わったルシアを封印した時、俺は魔力を使い果たそうとしていた。その場に倒れた俺を助けてくれたのは、ランスロットと魔獣に変わったロシュフォールだった。俺はあいつらに生かされた。もし、お前もあの時の俺みたいなことになったらと思うと……ルシアのところへ行ってくれとは言えない。」

 魔獣を助けようとして魔力を失いかけた時、皇帝陛下は自分が危険な状態になった時のことを思い出したのかもしれない。

「ロシュフォールたちが魔獣に変わった後、俺は魔力を学び直した。使える魔力の精度を上げ、習得していない魔力は全て習得した。それなのにロシュフォールは元に戻らない。それだけルシアの魔力は強いということだ。」

 生まれつき魔力を使いこなす能力が高かったことは間違いないだろう。だけど、今の皇帝陛下がここまで強くなったのは、ロシュフォールを助けたいという思いがあったからだ。すべての魔力を習得するなんてどれほどの努力をしてきたのだろうか。想像を絶する覚悟がないと到底成し遂げることなんてできない。

「……もう森へは行かないでくれ。」

 皇帝陛下は小さく呟いて部屋を出て行った。静かになった部屋には、この場の空気に似つかわしくない可愛らしい鳥の声が聞こえてきた。