ヴァルドラード城の部屋へ戻った私は、そっと花の冠をテーブルに置いた。その隣には母からお土産にもらったクッキーの袋が2つ。

「ランスロットさんじゃない……あれはきっと、皇帝陛下だわ。」

 ランスロットさんの手を取った時、頭の中に皇帝陛下の姿が浮かんだ。そして、服や手についた汚れが消えた時に体を包み込んだ魔力──あれは、私が婚約証明書にサインをした時に感じた魔力と同じだった。

 でも半信半疑だった。ランスロットさんも魔力が強いし、同じヴァルドラードの人だからと思っていたけれど、馬車の中でランスロットさんは母からもらったお土産のクッキーを食べなかった。

「食べないんですか?」
「せっかく母上から頂いたものを私が奪うわけにはいきません。」

 その後も何度か勧めたけど頑なに拒まれた。ヴァルドラードへ来るとき、馬車の中でも平気で食べていたし、そもそも母のクッキーが目的でエルバトリアへ行く勢いだったのに断られるのは不自然だ。それに、魔力の馬車を作るのは皇帝陛下のはず。

「すっごく恥ずかしいことしちゃった……!」

 相手がランスロットさんだと思って魔力の使い方を教えてくれと迫り、挙句の果てに花の冠をかぶせてしまった。

 私は両手で顔を覆った。私がランスロットさんの頭に花の冠をかぶせた後、皇帝陛下は私にかぶせてくれた。どうしてあんなことをしたのだろうか。2つ欲しいと言った意味もわからない。ランスロットさんとしての演出なのだろうか。そういうことにしてもらいたい。そうでなければ、心臓がおかしくなりそうだ。

 私はテーブルの上にある花の冠を見つめた。母と花の冠を作ったのは久しぶりだった。

「どうすればこのままの状態で保っておけるんだろう。」

 花が枯れない魔力があったはずだ。書庫で調べてみよう。そう思って立ち上がると、にこやかに微笑んだランスロットさんの顔に皇帝陛下の顔が重なった。

「違うから!これは母と作った花の冠だからとっておきたいの!」

 皇帝陛下にかぶせてもらった冠だから大切にしたいと思っているみたいで恥ずかしい。私は誰に言われたでもないのに大きな声で否定すると「エルバトリアで母と作った花の冠」と命名した。