「こちらが陛下の執務室です。陛下に御用がある時は、こちらをお尋ねください。」

 重厚な扉に施された金色の装飾が暗闇の中でうっすらと光っている。

「セレーヌ様をお連れしました〜!」

 ランスロットさんが扉を開くと、中から強い風が吹いてきて、私は思わず目を瞑った。

「どうぞ~」
「は、はい!」

 私は慌てて足を踏み出した。執務室の中は息苦しくなるほどの強い魔力で満たされていた。私は手に持っていた魔法石を力いっぱい握りしめた。

「……辛いのか?」

 はっとして顔を上げると、皇帝陛下の黄金色の瞳に射抜かれた。黒いマントに身を包み、漆黒の長い髪が風もないのに揺れている。言葉を失っていると、ランスロットさんが私の隣に立った。

「そんな風に睨んではいけませんよ、陛下。大丈夫ですか、セレーヌ様。」
「だ、大丈夫です……」

 絞り出した声は皇帝陛下に届いているかわからないほど小さかった。

「連れて行ってやれ。」
「もうよろしいのですか?」

「話せる状態ではないだろ。」
「では、お部屋へご案内しま~す!」

 私は挨拶も満足にできないまま執務室を後にした。執務室の扉が閉まると、カクンと膝の力が抜けた。

「おっと、大丈夫ですか?」

 体が傾いたのをランスロットさんが支えてくれた。動悸がおさまらない。エルバトリアの国王陛下と王妃様も高い魔力をお持ちだけれど、こんなに苦しくなったことはない。

「すみません……ご挨拶もできずに……」
「気にしないでください。陛下への挨拶なんていくらでもできます。セレーヌ様は婚約者様ですからね。」

(そうだ……私、婚約者なんだよね……)

 皇帝陛下の視線を思い出して、ちょっとだけ気が遠くなった。