お城へ戻ると、使用人たちがあっという間に私たちを取り囲んだ。

「おかえりなさいませ、陛下!」

 そう言いながらも視線は私の方へ向いている。

「それで、そちらの御方は……?」
「妃だ。」

 歓声とどよめきが起きて、使用人たちは矢継ぎ早に質問をぶつけてきた。

「いつご結婚されたのですか?」
「結婚しないと仰られていましたのに!」
「皇妃様のお名前は?」
「お好きな料理をお聞きしてもよろしいですか?」
「お好きなお色もお聞きしておきたいです。」

 おおざっぱな質問からすごく細かい質問まで、とめどなく降ってくる。どれから答えればいいのか迷っていると、皇帝陛下は足を少し前に踏み出した。

「すべてランスロットに聞いてくれ。」

 皇帝陛下は使用人たちの質問をかわして私の手を引いた。使用人たちはルシアによって魔獣にされていた。だけど、みんな覚えていないようだ。

「魔獣だったときのことを覚えているのはロシュフォールだけだ。」
「そうなのですね。」

 悪の精霊によって魔獣に変えられてしまったなんて、覚えていない方がいいかもしれない。

(でもロシュフォールは覚えているのね。今度話を聞いてみようかな……)

 魔獣だった頃はどんな気持ちだったのだろうか。人として森へ行くのと、魔獣として住むのとでは感覚が違うのだろうか。そんなことを考えていると、刺すような視線を感じた。顔を上げると、案の定、皇帝陛下の顔が険しくなっている。

「俺の前でロシュフォールのことを考えるな。」
「どうしてそんなにロシュフォールを気にされるのですか?大切な側近なのですよね?」

 ライバル視するほど、ロシュフォールのことを認めているということなのかもしれないけれど、話題に出すだけで嫉妬されるのは困る。ロシュフォールがとんでもなく美形なのは認める。でも、私の気持ちが揺らぐことはない。

「私が好きなのは陛下だけですよ。」

 背伸びをして皇帝陛下の頰に口付けると、足元からポンポンと小さく弾ける音が聞こえてきた。視線を落とすと、花が1輪、2輪と咲いていく。

「お花が……」

 見上げると皇帝陛下は気まずそうに視線を逸らした。花はポコポコと咲き続け、あっという間に花の絨毯ができあがった。

「お城がお花畑になってしまいますね。」
「……」

 初めて会った時は怖かったし、期限付きとはいえ婚約者を務められる自信もなかった。でも、ヴァルドラードで過ごすうちに皇帝陛下の存在はどんどん大きくなっていった。ルシアを元に戻したい、ロシュフォールを助けたいと思ったのだって、皇帝陛下の力になりたいと思ったからだ。

 エルバトリアで母と作った花の冠は、今でも大切にしまってある。あの時、ランスロットさんに変装してまで一緒に来てくれたのは──

(私、愛されていたんだな。)

 なんだかで胸の奥がむずむずする。すると、目の前に可愛らしい花の冠が差し出された。エルバルリアで母と作った花の冠とは違う、私の好きな花でできた花の冠だ。

「これは、セレーヌ様に。」

 頭の上に乗せられると、甘くて優しい香りが全身を包み込んだ。

 魔力が弱くなる度に助けてくれて、危ないから森へ行くなと言われ、嫉妬して魔獣になってしまう始末。考えれば考えるほど、胸がいっぱいになる。

 これからも皇帝陛下のそばにいたい。精霊や魔獣と暮らすこのヴァルドラードという国を、皇帝陛下の隣で見ていたい。

「枯れないように魔力をかけておいてください。ずっと、ずーっと大切にします!」
「魔力で造ったのだから、枯れることはない。」

 私は皇帝陛下に抱きついて、花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。