「お待たせ致しました、ランスロットさん!」

 私はランスロットさんが待つ客間へ向かった。しかし、そこにいたのは恰幅の良い髭を生やした男性ではなく、年若い見知らぬ執事だった。

「もう少し遅くても良かったですよ?母上のお菓子はいくらでも食べられますからね。」

 その執事は、テーブルに並べられているお皿の上からクッキーを次々手に取って、口の中へ放り込んでいく。見た目は違うけど、あの男性と同じ強い魔力も感じるし、声も話し方もランスロットさんだ。

「ランスロットさん……なのですか?」
「え?あ、そうでした。昨日は変装していたんです。この姿では、パーティーに参加できませんから。」

「変装も魔力なのですか?とても変装には見えませんでしたが。」
「得意なんです。」

 魔力を使って変装すると、どうしても本人の名残が出てしまう。本来の人物像が全く見えないなんて、どれだけの訓練を積んだのだろうか。

「こちらへセレーヌ様もサインを頂けますか?」

 ランスロットさんはテーブルの上に紙を広げた。古めかしいけれど、真新しさも感じる不思議な紙だ。私は一呼吸おいてから、婚約証明書にサインをした。

「わっ……」

 婚約証明書が金色に輝き始めたかと思うと、その光は螺旋状の渦となって、私の腕を這い上がってきた。

「おや、これは……」
「ふふふ、何かしら。」

 ランスロットさんと母が興味深く見つめる中、金色の光はやがて私の全身を包み込み、星の煌めきのような音と共に消えた。そして──

「まあ、素敵!」
「お似合いですよ、セレーヌ様!」

 私が着ていたシンプルなワンピースは、濃紺にビジューが煌めく豪華なドレスに変わっていた。腰の辺りには上品で可愛らしいリボンがあしらわれ、何段にも重なったレースは、さながら王妃様のようだ。

「青いドレスを着たいと言っていたものね。ふふふ。」
「左様でございましたか。お気に召していただけて何よりです。陛下もお喜びになることでしょう。」

 母の言う通り、以前王妃様が着ていた青いドレスに憧れていた。ステファン様から指定されるドレスはいつもピンクばかりだった。ピンクのドレスが嫌いなわけではなかったけれど、違う色も着てみたいと思っていた。

「ドレスを贈られたのは初めてよね。どんな気持ちなの?」
「初めてなのですか?」

「殿下はそういうことに疎くて……」
「では、セレーヌ様へ贈り物をしたのは陛下が初めてということですね。ふむふむ。それで、ご気分はいかがですか?」

「えっと……すごく嬉しい……です……よ?」

 憧れのドレスを着られた喜びと恥ずかしさで顔を覆うと、母とランスロットさんは楽しそうに笑った。