ウーウーウー!
カシャッカシャッ
「ご苦労さまです!」
「ご苦労…」
通報を受けて駆けつけるとまるで干物のように干からびた男性の死体。仰向けで背中が反った状態、両手足は拘束されている。明らかに拷問か何かを受けて殺害されただろう。
「被害者は酒井圭一27歳。ですがこの男には殺人容疑が掛かっています」
「酒井圭一か…」
「何でも交際断られた腹いせにストーカーして殺しちまったみたいです…ここんとこワケアリな男性ばっかり殺されてますけど、これで何件目ですか…?」
「もう7件目だ…」
酒井圭一は今あった説明通り、同じ職場に勤務する後輩の女子社員に好意を寄せて交際を迫るが断られ、諦められずストーカー行為に走る。勿論嫌がられて上司に報告された酒井は地方に左遷され、殺意と愛情が暴走して刺殺。証拠隠滅に遺体をコンクリートで重石をして海に沈めたのだ。
「それより水瀬はどうしたんですか?」
本来なら捜査員の一人に水瀬幸人がいるはずだが、ここ数日ずっと職場にも顔を出していない。
「坂本さん、何か知りませんか?」
「いや…」
実は坂本は知っている。この男を殺した犯人が水瀬幸人であることを。そもそも彼の正体はただの刑事ではなく、むしろ刑事は隠れ蓑だ。何故知っているのかといえば、警察の方で指名手配を掛けていた高橋知沙と彼が手を繋いで歩いているのをたまたま見たためだった。3年前の高橋一家殺人事件の担当刑事は坂本。それに彼が着こなしているスーツに腕時計などどれもハイブランドで20代の刑事の年収では分不相応な装い。坂本は部下や他の警察にバレないよう独自で動向を探っていた。幸いにも幸人は自分の胸の内は一切明かさなくても行動はあまり隠さない。市原修吾殺害の件も大胆に行ったものだからな。
「あいつクビにしないんですか?正直いてもいなくても変わらないし、ぶっちゃけ邪魔なんですよ…」
一人の若手警官がつい声を漏らす。すると
「お前は水瀬君の何を知ってると言うんだ…?」
坂本は激昂したように胸倉を掴む。
「いいか?あの子は人の愛を知ることができなかったんだ。けど今女性と触れ合って愛を知ろうと努力してんだよ。確かに俺も水瀬君のことが怖い…だけど俺は信じる…水瀬幸人なら誰かを愛し愛される男になるってな」
実は一番幸人のことを想っているのは坂本逸郎だった。坂本には存命なら20歳の息子がおり、8歳の頃に骨肉腫で亡くしている。息子と大して変わらない幸人、愛を知れなかった彼を見て可哀想と思い、恐怖心を抱きつつも接したのだ。堪らず彼のメールアカウントを開いて
「また無理してないか?君の席はいつでも用意してるから帰りたいときに帰ってきな?よかったら1杯奢るからさ!」
上司の鏡ともいえるようなメール文。しばらく既読にもならないだろうが待っておこう。
2日前。あの快楽拷問から翌朝のこと。
「おはよう幸人君…ミルク欲しいですか?」
「いやそういう意味でのお母さんらしくじゃないですよ?」
知沙は20年ぶりに何杯か酒を飲んで二日酔いみたいだ。昨日のノリを引っ張っている。彼女は夢中で彼の胸元をスリスリしながら
「初めてしたときから気になったんだけど、身体の傷どうしたの?」
「これですか?」
「そう…これ何年も受けた傷よね?」
「確かに…お母さんには話しておきたいですね」
「私はあなたのお母さん代わりだけどお母さんって呼ぶのはやめて…あくまで私たちは恋人同士なんだから」
「知沙さん…」
「そう!その呼び方でよろしい…でその傷はどうしたの?」
「僕が施設育ちだって話まではしましたよね?」
「幸人君のお母さんのことまで聞いてたわね」
「そうでしたね。そもそもこの傷はもう20年前からの傷です」
やはり彼は幼少期から暴力を受けていたことがある。傷自体は治っているが縫った痕までは白く色素沈着していてよく見るとわかる。よく自傷行為を経験して赤い傷跡が治っても白く残るのと同じ現象だ。
「覚えているのはお母さんの顔と施設の人に暴力されたこと…色んなことに挑戦しても僕を受け入れてくれるところなんてなかったんです…」
EPISODE3でちらっとあった回想はまさしくその過去を表す。ここで話すが彼の実父は婦女暴行の殺人犯であり、当時まだ15歳で中学3年生の水瀬千草は婦女暴行の被害者だったのだ。彼が語っていた父親の強姦殺人事件はただの一例に過ぎない。水瀬幸人は1998年7月3日生まれで当時母は16歳。妊娠した原因は無論婦女暴行に巻き込まれたためだ。父親から暴力を受けただけでなく、育った施設や学校でも「人殺しの息子」と蔑まれて陰湿なイジメや暴力を受けてきた。彼がサイコパスになる理由も自然と頷ける。何故施設で育ったのかの理由については、彼が3歳の頃に突然行方不明になったからだ。その直後くらいに父親は車に轢かれて殺されている。それ以外家族に関してのことは知らないらしい。水瀬幸人の過去についてはまた後に語られる。
時刻は朝10時。長い時間家を空けていたため飼っている愛猫が心配になった。彼の家はペットカメラ搭載なので携帯と連携して遠くからでも様子が見れる。
「だいぶ汚れましたね」
「どうしたの?」
「すいません、ちょっと家帰ります。知沙さんも来ますか?」
「いいの?じゃあお邪魔するね」
猫砂がけっこう汚れているのが映っていた。掃除してあげないと可哀想だ。
「はい!これ洗っておいたから」
「ありがとうございます」
今の時間まで実に24時間近く全裸だった。彼女はワンピースから私服に着替え、彼は洗ってもらったスーツを着込む。2人きりで歩くときは私服がよかったが、スーツで行くのも悪くない。2人が部屋から出る頃、その様子をカメラで眺めている者がいた。
「本当に止めなくていいんですか?」
「なぁに?幸人君があれで屈しないなら、知沙はもっとあの子に惚れ込むことくらい想定内よ」
明美に真美、それと他に女性2名。快楽拷問が終わった頃からは監視していないが朝を迎えて眺めると「やっぱり」のような光景だった。明美は部屋から出る2人を一切止めることはなかった。むしろ雇っている側ならもっと皆に自由を与えていいかもしれない。
「知沙はやっぱり…私という水槽内に入り切らなかったってことよ…」
奥野明美が率いる女性グループ、つまり所属する女性は明美の水槽の中にいるということ。
「水槽…?」
「あなたは一番若い。拾った私が言う言葉じゃないけど、私という水槽から出るなら早い方がいいわ…何か目的があるなら別だけど?」
「……」
「何かありそうね?まぁ自分のことだわ…いるなら私も受け止めるだけだし」
真美は明美に拾われたことを運命に感じていた。父親の顔を知らず、母親を高校生の頃に亡くしてから生き甲斐がわからなくなっていた。彼女が幼少期の頃には一生の友情を懸けて誓い合った親友がいたが、その親友は両親の虐待で亡くなっている。彼女にとって弱い者の命が奪われることは決して許せない。弱い者を守る信念を持っているのだ。
「もっと私を鍛えてください…」
幸人宅に帰ろうと2人は手を繋いで歩く。
「お昼、私作ってあげようか?」
「いいんですか?」
「何食べたい?」
「そうですねぇ…む…!?」
突然彼の足が止まる。
「どうしたの?」
「しっ…!」
何か強烈な殺意を感じる。周り見ても何も見えないが明らかに気配を感じる。一体どこからだ?出どころすら掴めない。
「(何だこの殺気?)」
警戒する彼を見て知沙も拳を構える。その気配は真後ろに来ている…そこに何が!?
カー!カー!
「はぁ…」
まさかただのカラスから殺意を感じてしまうとは…快楽拷問がよっぽど心に残ってしまったのだろうか?
「気にしすぎよ…行こっ?」
「はい…」
本当に気のせいか?だが明らかに強烈な殺意を感じた。それが本当なら姿と気配を完璧に消して殺意のみを感じさせる、強者だけじゃ表現しきれない戦闘者だ。
バタン
「にゃあ~!」
「あら可愛い…猫飼ってるんだ?」
「レオとミアです」
愛猫を紹介して彼は猫砂を掃除する。彼女は久しぶりに我が子に手料理を振る舞うような高揚感。冷蔵庫の中に鶏むね肉、玉ねぎしめじトマト…十分にある!
「トマトカレー作るね!」
鶏肉のトマトカレーは翔星の大好物だったメニューだ。鍋にカットしたトマト入れ、煮込みながら鶏肉とその他具材を入れ、顆粒のカレールーを適量入れれば出来上がり。彼女の作り方はほぼ無水で作る。
「お待たせ」
「美味しそうですね…いただきます」
「いただきます!」
彼は毎日自分のために料理を作って食べているが今日は実に何年かぶりの女性が作る手料理。彼女にとって息子の好きだった料理を彼に食べてもらっている。この感じが懐かしい。
「ちょっとぉ付いてるよ?」
「えっ?」
「貸して」
彼女はティッシュで彼の口元を拭いた。
「美味しいです…」
「よかったぁ~これ翔星も好きな食べ物だったのよ」
「流石お母さんですね?」
「もう…」
彼はまだ母親の手料理を食べたことがない。それか記憶にないだけかもしれないが、記憶にないなら食べたことないのと一緒だ。本当に知沙が自分のお母さんでいいかもしれないな…でもお母さんを恋愛対象に見てはいけないからな…それなら血の繋がった親子より絆が強い恋人同士かな。そもそも2人は既に誰かを殺し、誰かを守る存在同士。もう戻れない…それでも2人に後悔はないだろう。
酒井圭一が殺害される数ヶ月前。酒井が勤務する電子機器メーカー会社に新しく女子社員が入社した。
「はじめまして!氷川佐彩と申します!よろしくお願いします!」
東京都内の大学を卒業して入社した新卒社員は氷川佐彩(22)。女性の中では高身長でスラッとした美人の氷川に女好きな酒井が惚れてしまうのも無理はなかった。新人教育役に選ばれた酒井は仕事を教える傍ら、猛烈なアプローチを続けていた。
「ごめんなさい…私彼氏いるので…」
「そんな…!?俺がこんなに好きなのに…」
生きていれば誰も恋心を抱くものだ。好きな人と付き合いたい、一緒にいたい、実る恋もあれば実らない恋もある。勿論異性に対して恋心を抱くことは悪いことではないが、それが狂気に火を点けてしまえば別だ…
「お疲れ様です!」
「お疲れさんッ!」
明るい性格な上仕事熱心な氷川には誰もが信頼を寄せていた。この会社に就職できて本当に良かったとも思った。だが
コツ…コツ…
「誰よ…?」
後ろから誰かに追われている。振り向いて確認しても物陰に隠れているのか姿が見えない。気のせいかもしれないとも思ったが、素人の自分でも追われている気配を感じる。思い当たるのは酒井の猛アプローチを断ったことでストーカーされている。だがカメラを回している余裕もなく、証拠を集められていないため訴えたり相談することもできない。数日するとストーカー行為は職場内でも起きる…ある日氷川が一人で昼食を食べている頃
「なぁ氷川さん…何で俺と付き合ってくれないの?」
「私彼氏いるんです…本当に申し訳ないですけどお付き合いはできません…」
何週間か置きにアプローチしている。本来ここまで断られたら諦めるはずだが酒井は違った。
「あの…もう何回もお断りしてます…もうやめてください…」
SNSは仕事をする関係で繋がっているが毎日送られるメッセージは仕事の話ではなく
「何で付き合ってくれないの?」
「彼氏と別れてよ」
「先輩の言うことはちゃんと聞きなよ?」
「今家の前にいるよ」
と恐怖を感じるものばかり。さらに1日に100件以上もの着信。だがこの執拗なメッセージと着信が証拠となり、遂に氷川は直属の上司に相談。あの酒井が…と少し信じられない様子だったが流石にこれは目瞑れないと酒井を呼び出す。酒井に言い渡されたのは地方に左遷だった。
「すまないな氷川さん…酒井君なら遠い地方に異動させたから心配ないよ」
「すいません…私のせいでこんな手間を…」
「社員が大事だから当然のことだよ」
だが左遷されて諦めるほどの酒井ではなかった。左遷ということは給料も今より貰えないことに加え、上司に報告されたことを逆恨み。そして事件が起きる…
酒井が左遷されて1ヶ月後。氷川は明るい表情を取り戻してバリバリ仕事に励んでいた。人間関係の悩みがない今は本当に気楽だ。安全面を考慮して彼氏とは同棲し、数年以内には結婚を考えている。これで平和に過ごせると考えていた矢先、遂に事件が起きてしまう。
「お先失礼します!」
「お疲れ様!ゆっくり休んでね!」
今日は金曜日。彼氏が食べたいもの何でも作ってあげよう!と両手が塞がるほどの食材を買い込んだ。明るい内に帰ろうと路地裏を通った瞬間…
トントン…
突然後ろから肩を叩かれた。誰だろうと振り向くと、氷川の表情は一気に生気を失う。
「あなたは…!?」
グサッ…!
「えっ…?」
突然のことで痛がることを忘れる。たが腹部から生温かい血が溢れ出ている。しかも凶器は肉切り包丁。
「いた…ぃ…ょ…」
彼女は数分で息絶えた。死んだのを確認した酒井は
「手伝ってくれ…」
「はい…」
酒井は金を使って闇バイトを募り遺体から血が漏れ出ないよう止血し、ブルーシートで包んで何重もガムテープでグルグル巻きに。
「運ぶぞ…」
そして遺体を埠頭まで運ぶとコンクリートで重石をして海に沈めた。だがこの程度の証拠隠滅では遺体を隠し通せるわけがなかった。当然彼女が行方不明になってすぐ彼氏は捜索願を提出し、そのわずか2週間後に遺体が発見されている。発見された理由は漁に出ていた船が網を引き揚げた際、ブルーシートに包まれていた人のような物を発見し、すぐさま警察に通報して発覚。殺害から2週間だったため腐敗が進んでいたが指紋とDNAから捜索願が出されていた氷川佐彩22歳で間違いないと判明。彼氏が犯人と疑ったのはストーカー加害者の酒井圭一。その数ヶ月後、酒井は逮捕ではなく悲惨な姿で殺害されたと知ることになる…
酒井が殺害される当日の昼間。奴は仕事を辞めて裏社会に入り浸っていた。その実態は闇スロだ。氷川を殺害してから犯罪を犯すのに抵抗感がなくなり、表のギャンブルだけでは刺激が足りなくなって闇スロに入り浸るようになり、今ではギャンブルにハマった人間から金を奪い続けている。
「兄さん!もう10万入れたら勝てるよ!賭けてみようぜ!」
「そそ…そうですよね!?もう10万…10万…!」
今金を騙し取られ続けているのはまだ20代の大学生。借金で首が回らなくなって大学は退学しなければいけないところまで追い込まれている。
「10万入れる必要はありませんよ…」
「誰だぁ?」
声の正体は水瀬幸人とその後ろにいるのは高橋知沙。
「俺の金…俺の金…!」
「君は賭博罪だけど、僕に用があるのは君…酒井圭一さんだ…」
「クソ…今ガサ入れされちゃ面倒だ…!この警官と女追っ払え!」
「僕はあの子を一旦保護します…お願いしていいですか?」
「わかったわ…」
彼は一旦大学生を警察に引き渡すために動き、酒井含む闇スロの連中の粛清は知沙に任せることに。彼女の戦闘力はどれほどのものか?
「女一人か…殺しても文句ねぇ…殺れ」
何故彼女に粛清を任せたのかはすぐわかる…奴らは金属バットとゴルフクラブを持って彼女に襲い掛かった!
ドスッ!
「何!?」
彼女は奥野明美に鍛えられた戦闘力を持っている。並の男では彼女に敵うはずもない。主な戦闘スタイルはテコンドーだ。そしてあっという間に
「何なんだコイツ…!?こっち来んな!」
彼女を粛清に選んだ理由は酒井の自尊心を粉々にするためだ。女性を殺害した奴は心の中に男尊女卑を秘めていると踏んで知沙を選んだ。
「さぁ地獄の海の中へいらっしゃい…」
ミキキキキ…!
彼女は革バンドで奴の首を絞め落とした。
「ありがとうございます」
「ちょうど終わったわ…さあ運ぼう」
闇スロに10万注ぎ込もうとした大学生は賭博罪で逮捕だが、闇スロに闇カジノなどの違法賭博には気を付けよう。
「冷てえ…!?何だこれ!?」
「お目覚めですね?」
酒井は水責め拷問のように背中がくの字に反っており、手足は拘束されていて一切動けない。
「あなたは数ヶ月前、後輩の氷川佐彩さんに執拗なストーカーをした挙げ句刺し殺しましたね?そして杜撰にもコンクリで海に沈めた…間違いないですね?」
「何の話だよ…?」
すると知沙の腹パンが飛んでくる!
「グボォ…!?何すんだよ!」
「とぼけても無駄よ…幸人君の方で証拠はバッチリ揃ってるから」
「なぁあんた警察なのか?こんなことしていいのかよ…!?」
「それなら心配ありません。警察は隠れ蓑…僕の本当の顔は、執行人ですから…」
「何…!?」
すると奴の口元に漏斗を強制的に咥えさせる。そのまま固定させると
「これが何かわかりますか?」
2人が持ってきたのは20個以上のポリタンク。それに中は水?がいっぱいいっぱい入っている。
「あなたは何の罪のない女性を殺して海に沈めた…あなたも味わいましょうか…!」
「ムググ…!?」
ドバドバドバドバー!
「ムググ…!?ンンンンー…!!」
ゴクゴク…!ゴクゴク…!!
漏斗を咥えさせられてくの字に拘束されていたら嫌でも水を飲み続ける。だがやはりただの水ではない…
「これは海水です…飲み続けたら干からびるでしょう…」
「次のスタンバイOKよ…」
「ムググ……!」
既に10リットル以上の海水を飲んでいる。飲まされ続ければ当然逆流して嘔吐を繰り返すが、それで許されるほど彼は甘くない。そのまま
ドバドバ…!
「………」
「死んだわね…」
酒井圭一は干物のように干からびて死に絶えた。
しかし彼は自分のことを「執行人」と語っていた。坂本は彼の正体をわかっているが、やはり普通の警察官じゃない。
「帰りましょ…」
この東京には奥野明美だけじゃなく、水瀬幸人という執行人もいる。つまり2人以上いるということだ。果たして運命はどう進んでいくのだろうか。
だがその頃、幸人たちが知らないところで強大な力が動き出していた。一人の女社長と思われる40代の女性が送迎車から降りた頃
「お疲れ様です…」
「お疲れ。ありがとう」
バフッ…ブーン
送迎車が去ると音もなく気配すら全く感じられない影が近付く。女性は自宅マンションの鍵を探していると
スパンッ
「えっ…?」
ブシャー…
「ぎゃぁー!?」
刀と思われる刀剣類で手首を斬り落とされ、あまりのスピードに痛みが遅れる。必死で目を開けて見たのはマスクで口元を隠した男が2人。そのまま
グサッ…
「うぅ…」
バタンッ…
奴らの目的は一体何だ?女社長を殺害したということはライバル社が殺し屋を雇って殺害させたのか?だが女社長なら当然警察のボディーガード、SPを雇っている。時既に遅しだが異変に気付いたSPが奴らに接近する。
「動くな!跪け!」
5人のSPが奴らに銃を向ける。すると
「撃つなら早くしないと…」
スーン…
「消えた…!?」
ザシュッ…!
「何!?」
バーン!
焦って放たれた一発の弾丸は
キーン…
もう一方の男が何と拳で弾丸を跳ね返す!跳ね返された弾丸が撃ったSPの脇腹に直撃し
「ウッ!?」
慌てて視線を前に戻した直後には既に…
ドスッ…ボキィ…!
おそらく弾丸を跳ね返したのはメリケンを装備していたためだろう。SPはまるで胴体を貫かれるようにメリケンの拳が突き刺さり、心臓に他の内臓もグチャグチャになる。残る4人のSPも負けじと奴らに立ち向かうが萎縮すれば弾丸が震えているように放たれる。
「クソッ!」
ザシュ…グサッ…グチャ…!
SPの攻撃すら掠りもしない戦闘力。顔こそわからないが戦闘者、殺し屋であることに間違いない。幸人に殺気を向けていたのもこの2人組なのだろうか?あっという間に奴らの傍にはSPたちの骸が広がる…
カシャッカシャッ
「ご苦労さまです!」
「ご苦労…」
通報を受けて駆けつけるとまるで干物のように干からびた男性の死体。仰向けで背中が反った状態、両手足は拘束されている。明らかに拷問か何かを受けて殺害されただろう。
「被害者は酒井圭一27歳。ですがこの男には殺人容疑が掛かっています」
「酒井圭一か…」
「何でも交際断られた腹いせにストーカーして殺しちまったみたいです…ここんとこワケアリな男性ばっかり殺されてますけど、これで何件目ですか…?」
「もう7件目だ…」
酒井圭一は今あった説明通り、同じ職場に勤務する後輩の女子社員に好意を寄せて交際を迫るが断られ、諦められずストーカー行為に走る。勿論嫌がられて上司に報告された酒井は地方に左遷され、殺意と愛情が暴走して刺殺。証拠隠滅に遺体をコンクリートで重石をして海に沈めたのだ。
「それより水瀬はどうしたんですか?」
本来なら捜査員の一人に水瀬幸人がいるはずだが、ここ数日ずっと職場にも顔を出していない。
「坂本さん、何か知りませんか?」
「いや…」
実は坂本は知っている。この男を殺した犯人が水瀬幸人であることを。そもそも彼の正体はただの刑事ではなく、むしろ刑事は隠れ蓑だ。何故知っているのかといえば、警察の方で指名手配を掛けていた高橋知沙と彼が手を繋いで歩いているのをたまたま見たためだった。3年前の高橋一家殺人事件の担当刑事は坂本。それに彼が着こなしているスーツに腕時計などどれもハイブランドで20代の刑事の年収では分不相応な装い。坂本は部下や他の警察にバレないよう独自で動向を探っていた。幸いにも幸人は自分の胸の内は一切明かさなくても行動はあまり隠さない。市原修吾殺害の件も大胆に行ったものだからな。
「あいつクビにしないんですか?正直いてもいなくても変わらないし、ぶっちゃけ邪魔なんですよ…」
一人の若手警官がつい声を漏らす。すると
「お前は水瀬君の何を知ってると言うんだ…?」
坂本は激昂したように胸倉を掴む。
「いいか?あの子は人の愛を知ることができなかったんだ。けど今女性と触れ合って愛を知ろうと努力してんだよ。確かに俺も水瀬君のことが怖い…だけど俺は信じる…水瀬幸人なら誰かを愛し愛される男になるってな」
実は一番幸人のことを想っているのは坂本逸郎だった。坂本には存命なら20歳の息子がおり、8歳の頃に骨肉腫で亡くしている。息子と大して変わらない幸人、愛を知れなかった彼を見て可哀想と思い、恐怖心を抱きつつも接したのだ。堪らず彼のメールアカウントを開いて
「また無理してないか?君の席はいつでも用意してるから帰りたいときに帰ってきな?よかったら1杯奢るからさ!」
上司の鏡ともいえるようなメール文。しばらく既読にもならないだろうが待っておこう。
2日前。あの快楽拷問から翌朝のこと。
「おはよう幸人君…ミルク欲しいですか?」
「いやそういう意味でのお母さんらしくじゃないですよ?」
知沙は20年ぶりに何杯か酒を飲んで二日酔いみたいだ。昨日のノリを引っ張っている。彼女は夢中で彼の胸元をスリスリしながら
「初めてしたときから気になったんだけど、身体の傷どうしたの?」
「これですか?」
「そう…これ何年も受けた傷よね?」
「確かに…お母さんには話しておきたいですね」
「私はあなたのお母さん代わりだけどお母さんって呼ぶのはやめて…あくまで私たちは恋人同士なんだから」
「知沙さん…」
「そう!その呼び方でよろしい…でその傷はどうしたの?」
「僕が施設育ちだって話まではしましたよね?」
「幸人君のお母さんのことまで聞いてたわね」
「そうでしたね。そもそもこの傷はもう20年前からの傷です」
やはり彼は幼少期から暴力を受けていたことがある。傷自体は治っているが縫った痕までは白く色素沈着していてよく見るとわかる。よく自傷行為を経験して赤い傷跡が治っても白く残るのと同じ現象だ。
「覚えているのはお母さんの顔と施設の人に暴力されたこと…色んなことに挑戦しても僕を受け入れてくれるところなんてなかったんです…」
EPISODE3でちらっとあった回想はまさしくその過去を表す。ここで話すが彼の実父は婦女暴行の殺人犯であり、当時まだ15歳で中学3年生の水瀬千草は婦女暴行の被害者だったのだ。彼が語っていた父親の強姦殺人事件はただの一例に過ぎない。水瀬幸人は1998年7月3日生まれで当時母は16歳。妊娠した原因は無論婦女暴行に巻き込まれたためだ。父親から暴力を受けただけでなく、育った施設や学校でも「人殺しの息子」と蔑まれて陰湿なイジメや暴力を受けてきた。彼がサイコパスになる理由も自然と頷ける。何故施設で育ったのかの理由については、彼が3歳の頃に突然行方不明になったからだ。その直後くらいに父親は車に轢かれて殺されている。それ以外家族に関してのことは知らないらしい。水瀬幸人の過去についてはまた後に語られる。
時刻は朝10時。長い時間家を空けていたため飼っている愛猫が心配になった。彼の家はペットカメラ搭載なので携帯と連携して遠くからでも様子が見れる。
「だいぶ汚れましたね」
「どうしたの?」
「すいません、ちょっと家帰ります。知沙さんも来ますか?」
「いいの?じゃあお邪魔するね」
猫砂がけっこう汚れているのが映っていた。掃除してあげないと可哀想だ。
「はい!これ洗っておいたから」
「ありがとうございます」
今の時間まで実に24時間近く全裸だった。彼女はワンピースから私服に着替え、彼は洗ってもらったスーツを着込む。2人きりで歩くときは私服がよかったが、スーツで行くのも悪くない。2人が部屋から出る頃、その様子をカメラで眺めている者がいた。
「本当に止めなくていいんですか?」
「なぁに?幸人君があれで屈しないなら、知沙はもっとあの子に惚れ込むことくらい想定内よ」
明美に真美、それと他に女性2名。快楽拷問が終わった頃からは監視していないが朝を迎えて眺めると「やっぱり」のような光景だった。明美は部屋から出る2人を一切止めることはなかった。むしろ雇っている側ならもっと皆に自由を与えていいかもしれない。
「知沙はやっぱり…私という水槽内に入り切らなかったってことよ…」
奥野明美が率いる女性グループ、つまり所属する女性は明美の水槽の中にいるということ。
「水槽…?」
「あなたは一番若い。拾った私が言う言葉じゃないけど、私という水槽から出るなら早い方がいいわ…何か目的があるなら別だけど?」
「……」
「何かありそうね?まぁ自分のことだわ…いるなら私も受け止めるだけだし」
真美は明美に拾われたことを運命に感じていた。父親の顔を知らず、母親を高校生の頃に亡くしてから生き甲斐がわからなくなっていた。彼女が幼少期の頃には一生の友情を懸けて誓い合った親友がいたが、その親友は両親の虐待で亡くなっている。彼女にとって弱い者の命が奪われることは決して許せない。弱い者を守る信念を持っているのだ。
「もっと私を鍛えてください…」
幸人宅に帰ろうと2人は手を繋いで歩く。
「お昼、私作ってあげようか?」
「いいんですか?」
「何食べたい?」
「そうですねぇ…む…!?」
突然彼の足が止まる。
「どうしたの?」
「しっ…!」
何か強烈な殺意を感じる。周り見ても何も見えないが明らかに気配を感じる。一体どこからだ?出どころすら掴めない。
「(何だこの殺気?)」
警戒する彼を見て知沙も拳を構える。その気配は真後ろに来ている…そこに何が!?
カー!カー!
「はぁ…」
まさかただのカラスから殺意を感じてしまうとは…快楽拷問がよっぽど心に残ってしまったのだろうか?
「気にしすぎよ…行こっ?」
「はい…」
本当に気のせいか?だが明らかに強烈な殺意を感じた。それが本当なら姿と気配を完璧に消して殺意のみを感じさせる、強者だけじゃ表現しきれない戦闘者だ。
バタン
「にゃあ~!」
「あら可愛い…猫飼ってるんだ?」
「レオとミアです」
愛猫を紹介して彼は猫砂を掃除する。彼女は久しぶりに我が子に手料理を振る舞うような高揚感。冷蔵庫の中に鶏むね肉、玉ねぎしめじトマト…十分にある!
「トマトカレー作るね!」
鶏肉のトマトカレーは翔星の大好物だったメニューだ。鍋にカットしたトマト入れ、煮込みながら鶏肉とその他具材を入れ、顆粒のカレールーを適量入れれば出来上がり。彼女の作り方はほぼ無水で作る。
「お待たせ」
「美味しそうですね…いただきます」
「いただきます!」
彼は毎日自分のために料理を作って食べているが今日は実に何年かぶりの女性が作る手料理。彼女にとって息子の好きだった料理を彼に食べてもらっている。この感じが懐かしい。
「ちょっとぉ付いてるよ?」
「えっ?」
「貸して」
彼女はティッシュで彼の口元を拭いた。
「美味しいです…」
「よかったぁ~これ翔星も好きな食べ物だったのよ」
「流石お母さんですね?」
「もう…」
彼はまだ母親の手料理を食べたことがない。それか記憶にないだけかもしれないが、記憶にないなら食べたことないのと一緒だ。本当に知沙が自分のお母さんでいいかもしれないな…でもお母さんを恋愛対象に見てはいけないからな…それなら血の繋がった親子より絆が強い恋人同士かな。そもそも2人は既に誰かを殺し、誰かを守る存在同士。もう戻れない…それでも2人に後悔はないだろう。
酒井圭一が殺害される数ヶ月前。酒井が勤務する電子機器メーカー会社に新しく女子社員が入社した。
「はじめまして!氷川佐彩と申します!よろしくお願いします!」
東京都内の大学を卒業して入社した新卒社員は氷川佐彩(22)。女性の中では高身長でスラッとした美人の氷川に女好きな酒井が惚れてしまうのも無理はなかった。新人教育役に選ばれた酒井は仕事を教える傍ら、猛烈なアプローチを続けていた。
「ごめんなさい…私彼氏いるので…」
「そんな…!?俺がこんなに好きなのに…」
生きていれば誰も恋心を抱くものだ。好きな人と付き合いたい、一緒にいたい、実る恋もあれば実らない恋もある。勿論異性に対して恋心を抱くことは悪いことではないが、それが狂気に火を点けてしまえば別だ…
「お疲れ様です!」
「お疲れさんッ!」
明るい性格な上仕事熱心な氷川には誰もが信頼を寄せていた。この会社に就職できて本当に良かったとも思った。だが
コツ…コツ…
「誰よ…?」
後ろから誰かに追われている。振り向いて確認しても物陰に隠れているのか姿が見えない。気のせいかもしれないとも思ったが、素人の自分でも追われている気配を感じる。思い当たるのは酒井の猛アプローチを断ったことでストーカーされている。だがカメラを回している余裕もなく、証拠を集められていないため訴えたり相談することもできない。数日するとストーカー行為は職場内でも起きる…ある日氷川が一人で昼食を食べている頃
「なぁ氷川さん…何で俺と付き合ってくれないの?」
「私彼氏いるんです…本当に申し訳ないですけどお付き合いはできません…」
何週間か置きにアプローチしている。本来ここまで断られたら諦めるはずだが酒井は違った。
「あの…もう何回もお断りしてます…もうやめてください…」
SNSは仕事をする関係で繋がっているが毎日送られるメッセージは仕事の話ではなく
「何で付き合ってくれないの?」
「彼氏と別れてよ」
「先輩の言うことはちゃんと聞きなよ?」
「今家の前にいるよ」
と恐怖を感じるものばかり。さらに1日に100件以上もの着信。だがこの執拗なメッセージと着信が証拠となり、遂に氷川は直属の上司に相談。あの酒井が…と少し信じられない様子だったが流石にこれは目瞑れないと酒井を呼び出す。酒井に言い渡されたのは地方に左遷だった。
「すまないな氷川さん…酒井君なら遠い地方に異動させたから心配ないよ」
「すいません…私のせいでこんな手間を…」
「社員が大事だから当然のことだよ」
だが左遷されて諦めるほどの酒井ではなかった。左遷ということは給料も今より貰えないことに加え、上司に報告されたことを逆恨み。そして事件が起きる…
酒井が左遷されて1ヶ月後。氷川は明るい表情を取り戻してバリバリ仕事に励んでいた。人間関係の悩みがない今は本当に気楽だ。安全面を考慮して彼氏とは同棲し、数年以内には結婚を考えている。これで平和に過ごせると考えていた矢先、遂に事件が起きてしまう。
「お先失礼します!」
「お疲れ様!ゆっくり休んでね!」
今日は金曜日。彼氏が食べたいもの何でも作ってあげよう!と両手が塞がるほどの食材を買い込んだ。明るい内に帰ろうと路地裏を通った瞬間…
トントン…
突然後ろから肩を叩かれた。誰だろうと振り向くと、氷川の表情は一気に生気を失う。
「あなたは…!?」
グサッ…!
「えっ…?」
突然のことで痛がることを忘れる。たが腹部から生温かい血が溢れ出ている。しかも凶器は肉切り包丁。
「いた…ぃ…ょ…」
彼女は数分で息絶えた。死んだのを確認した酒井は
「手伝ってくれ…」
「はい…」
酒井は金を使って闇バイトを募り遺体から血が漏れ出ないよう止血し、ブルーシートで包んで何重もガムテープでグルグル巻きに。
「運ぶぞ…」
そして遺体を埠頭まで運ぶとコンクリートで重石をして海に沈めた。だがこの程度の証拠隠滅では遺体を隠し通せるわけがなかった。当然彼女が行方不明になってすぐ彼氏は捜索願を提出し、そのわずか2週間後に遺体が発見されている。発見された理由は漁に出ていた船が網を引き揚げた際、ブルーシートに包まれていた人のような物を発見し、すぐさま警察に通報して発覚。殺害から2週間だったため腐敗が進んでいたが指紋とDNAから捜索願が出されていた氷川佐彩22歳で間違いないと判明。彼氏が犯人と疑ったのはストーカー加害者の酒井圭一。その数ヶ月後、酒井は逮捕ではなく悲惨な姿で殺害されたと知ることになる…
酒井が殺害される当日の昼間。奴は仕事を辞めて裏社会に入り浸っていた。その実態は闇スロだ。氷川を殺害してから犯罪を犯すのに抵抗感がなくなり、表のギャンブルだけでは刺激が足りなくなって闇スロに入り浸るようになり、今ではギャンブルにハマった人間から金を奪い続けている。
「兄さん!もう10万入れたら勝てるよ!賭けてみようぜ!」
「そそ…そうですよね!?もう10万…10万…!」
今金を騙し取られ続けているのはまだ20代の大学生。借金で首が回らなくなって大学は退学しなければいけないところまで追い込まれている。
「10万入れる必要はありませんよ…」
「誰だぁ?」
声の正体は水瀬幸人とその後ろにいるのは高橋知沙。
「俺の金…俺の金…!」
「君は賭博罪だけど、僕に用があるのは君…酒井圭一さんだ…」
「クソ…今ガサ入れされちゃ面倒だ…!この警官と女追っ払え!」
「僕はあの子を一旦保護します…お願いしていいですか?」
「わかったわ…」
彼は一旦大学生を警察に引き渡すために動き、酒井含む闇スロの連中の粛清は知沙に任せることに。彼女の戦闘力はどれほどのものか?
「女一人か…殺しても文句ねぇ…殺れ」
何故彼女に粛清を任せたのかはすぐわかる…奴らは金属バットとゴルフクラブを持って彼女に襲い掛かった!
ドスッ!
「何!?」
彼女は奥野明美に鍛えられた戦闘力を持っている。並の男では彼女に敵うはずもない。主な戦闘スタイルはテコンドーだ。そしてあっという間に
「何なんだコイツ…!?こっち来んな!」
彼女を粛清に選んだ理由は酒井の自尊心を粉々にするためだ。女性を殺害した奴は心の中に男尊女卑を秘めていると踏んで知沙を選んだ。
「さぁ地獄の海の中へいらっしゃい…」
ミキキキキ…!
彼女は革バンドで奴の首を絞め落とした。
「ありがとうございます」
「ちょうど終わったわ…さあ運ぼう」
闇スロに10万注ぎ込もうとした大学生は賭博罪で逮捕だが、闇スロに闇カジノなどの違法賭博には気を付けよう。
「冷てえ…!?何だこれ!?」
「お目覚めですね?」
酒井は水責め拷問のように背中がくの字に反っており、手足は拘束されていて一切動けない。
「あなたは数ヶ月前、後輩の氷川佐彩さんに執拗なストーカーをした挙げ句刺し殺しましたね?そして杜撰にもコンクリで海に沈めた…間違いないですね?」
「何の話だよ…?」
すると知沙の腹パンが飛んでくる!
「グボォ…!?何すんだよ!」
「とぼけても無駄よ…幸人君の方で証拠はバッチリ揃ってるから」
「なぁあんた警察なのか?こんなことしていいのかよ…!?」
「それなら心配ありません。警察は隠れ蓑…僕の本当の顔は、執行人ですから…」
「何…!?」
すると奴の口元に漏斗を強制的に咥えさせる。そのまま固定させると
「これが何かわかりますか?」
2人が持ってきたのは20個以上のポリタンク。それに中は水?がいっぱいいっぱい入っている。
「あなたは何の罪のない女性を殺して海に沈めた…あなたも味わいましょうか…!」
「ムググ…!?」
ドバドバドバドバー!
「ムググ…!?ンンンンー…!!」
ゴクゴク…!ゴクゴク…!!
漏斗を咥えさせられてくの字に拘束されていたら嫌でも水を飲み続ける。だがやはりただの水ではない…
「これは海水です…飲み続けたら干からびるでしょう…」
「次のスタンバイOKよ…」
「ムググ……!」
既に10リットル以上の海水を飲んでいる。飲まされ続ければ当然逆流して嘔吐を繰り返すが、それで許されるほど彼は甘くない。そのまま
ドバドバ…!
「………」
「死んだわね…」
酒井圭一は干物のように干からびて死に絶えた。
しかし彼は自分のことを「執行人」と語っていた。坂本は彼の正体をわかっているが、やはり普通の警察官じゃない。
「帰りましょ…」
この東京には奥野明美だけじゃなく、水瀬幸人という執行人もいる。つまり2人以上いるということだ。果たして運命はどう進んでいくのだろうか。
だがその頃、幸人たちが知らないところで強大な力が動き出していた。一人の女社長と思われる40代の女性が送迎車から降りた頃
「お疲れ様です…」
「お疲れ。ありがとう」
バフッ…ブーン
送迎車が去ると音もなく気配すら全く感じられない影が近付く。女性は自宅マンションの鍵を探していると
スパンッ
「えっ…?」
ブシャー…
「ぎゃぁー!?」
刀と思われる刀剣類で手首を斬り落とされ、あまりのスピードに痛みが遅れる。必死で目を開けて見たのはマスクで口元を隠した男が2人。そのまま
グサッ…
「うぅ…」
バタンッ…
奴らの目的は一体何だ?女社長を殺害したということはライバル社が殺し屋を雇って殺害させたのか?だが女社長なら当然警察のボディーガード、SPを雇っている。時既に遅しだが異変に気付いたSPが奴らに接近する。
「動くな!跪け!」
5人のSPが奴らに銃を向ける。すると
「撃つなら早くしないと…」
スーン…
「消えた…!?」
ザシュッ…!
「何!?」
バーン!
焦って放たれた一発の弾丸は
キーン…
もう一方の男が何と拳で弾丸を跳ね返す!跳ね返された弾丸が撃ったSPの脇腹に直撃し
「ウッ!?」
慌てて視線を前に戻した直後には既に…
ドスッ…ボキィ…!
おそらく弾丸を跳ね返したのはメリケンを装備していたためだろう。SPはまるで胴体を貫かれるようにメリケンの拳が突き刺さり、心臓に他の内臓もグチャグチャになる。残る4人のSPも負けじと奴らに立ち向かうが萎縮すれば弾丸が震えているように放たれる。
「クソッ!」
ザシュ…グサッ…グチャ…!
SPの攻撃すら掠りもしない戦闘力。顔こそわからないが戦闘者、殺し屋であることに間違いない。幸人に殺気を向けていたのもこの2人組なのだろうか?あっという間に奴らの傍にはSPたちの骸が広がる…

