「ごめんね…」
「いいんだよ…あのとき守れなかったから…これからは俺がママを守るから!じゃあいくよ…?」
「せーの…」
「よいしょ!」
 市原家はバリアフリーを充実させた部屋にリフォームし、怜人は小5ながら母を懸命に介護していた。怜人の努力は非常に凄まじいもので、レシピ本を見て料理を作ったり、さらに洗濯や掃除なども一人でこなせるのだ。
「守れなかった分は俺が守る!」
 と母に強く言い聞かせた。あのとき怜人は掠り傷で済んだが、それでもこれからは元気であり続けてほしい。瑠璃はそう願うばかりだ。
「今日もパパは帰ってこないよね?」
「そうね…だからご飯も怜人とママの分だけでいいよ」
「わかった!」
 あの轢き逃げ事件以来修吾には接近禁止命令が出されており、疑いが晴れるまで瑠璃と怜人に近付くことができないため、次の魔の手が迫る心配は取り敢えずない。警察の大体は修吾が犯人と確証を持っているのだが、確固たる証拠がない。よって逮捕できていないのだ。
 まず事件が発生した9月2日の16時12分。黒色のセダンが市原瑠璃と怜人に目掛けて赤信号を無視して100km以上の猛スピードで突っ込み、轢かれてしまった瑠璃は意識不明の重体だった。一命を取り留めたことは奇跡という言葉では表せない。一命を取り留めたことは修吾にとって勿論想定外。
 確固たる証拠がない理由とは、轢き逃げに使用されたセダンは盗難車であり、付近に設置されていた防犯カメラに轢き逃げの瞬間は映っていたのだが、犯人は帽子にサングラスをしていて顔がハッキリ見えないのだ。それでも警察が犯人と疑っている理由は修吾が不倫し、さらに不倫相手も既婚者のダブル不倫。不倫の事実が相手の夫に知られてしまったことにより、多額の慰謝料を請求されていた。元々瑠璃が入っていた生命保険に目をつけて今回の凶行に及んだのだ。そんな修吾に目をつけた刑事は、やっぱりあの水瀬幸人だ。

 同刻。とある廃工場では明美、真美、知沙が一人の男と一人の女を捕らえて椅子に縛りつけていた。
「おい貴様らァ!こんなことしてタダで済むと思うなよ!?」
「そうよ!警察が黙ってないわ…グボォ…!?」
「黙れ…その警察を騙しておいて知った口を利くな…」
 知沙は容赦なく女の口にブラックジャックをぶち込んで歯を全て折った。
「何すんだよ…お前正気じゃねぇよ…!?」
 今彼女たちが捕らえているのは葉琉州地区の高校教員で、ラグビー部の顧問を務める内海孝典(51)。そして女は3ヶ月前、熱中症により17歳の息子を失った秋山恵梨香(44)。何故息子を失った母親が捕らわれているのか?その理由とは
「秋山恵梨香…あんたは息子に保険金をかけて熱中症を放置し、挙げ句悲劇の母親を演じた…!」
 真美は初めて懺悔を唆すように罪状を語る。
「そして内海孝典、この秋山恵梨香との不倫が哲哉君(恵梨香の息子)にバレ、世間にバレる前に結託して殺害計画を立てた。終いには熱中症になっても助けもしなかった!」
「デタラメ言うな…!」
「哲哉君が亡くなったのは大会前…部員の皆に不倫がバレるより、あんたは一人の部員を殺した方が好都合だった」
 内海孝典と秋山恵梨香は数ヶ月前から不倫し、ひょんなことから息子の秋山哲哉に露見してしまい、全てがバレてしまう前に殺してしまおうと結託。元々哲哉には生命保険がかけられ、恵梨香にとってお金入るし世間にバレない。内海にとって大会を中止させるわけにいかず、部員一人殺しても全く問題ないと踏んだわけだ。実際事件発生時は熱中症で倒れ、部員の皆は当然助けようとしたが断固として「大丈夫!」と言い聞かせて死ぬのをひたすら待ったのだ。
「哲哉君はきっと助けてほしかった…未来ある命を奪ったあんたたちの罪は重い…知沙、真美、やってやりなさい」
 今回の拷問担当、内海は真美、恵梨香は知沙だ。真美にとって2回目の拷問だが明美から教わった技術通りにやれば問題ない。
「あなたは物理的に熱中症になりましょうか?」
 真美が取り出したのは違法に改造されたバーナー。強引に内海の口を開いて
「炎の水分補給ね…」
 ボォォー!
「アヅゥゥーーー!!」
 桁違いの出力と温度を誇るバーナーで口内を焼かれれば一瞬で気道熱傷により呼吸ができなくなる。口内は地獄のような熱さに喉が焼け爛れる壮絶すぎる痛み…ものの数分で内海は気道熱傷により窒息死した。
「待ってやめて!哲哉には謝る!ラグビー部の奴にも謝るから!」
「奴…?反省してるお前が何故奴と言える?」
 知沙は少し離れるとパーティーなどでよく使われるハッピーボールを持ってきた。一体何故?
「これが何かわかるかしら?」
「それ…結婚式とかで使うやつ?」
「そういえば息子の哲哉君はサプライズが好きだったそうね?今日は私からのサプライズ…」
「ちょっと待って…入ってるのは普通のテープみたいなものよね…?」
「ハッピー…デズデイ…」
 知沙は素早くハッピーボールの紐を引っ張ると湯気が立つ透明な液体が落ちた。
「アッヅィ…!?」
 これは100度に熱した塩水だ。知沙は慣れた手つきで発電装置を身体に繋ぐ。塩水は温度が高くなると電気を通しやすくなる。熱した塩水をかけられて電気を流されるとどうなるのか?それは言うまでもない。
 ビリビリビリー…!
「アギャギャ…!!」
「やるわね知沙…」
「凄い…」
 このまま流し続ければ感電死だ。
「一旦ストップよ…あんた…親に無視されて死んだ息子の無念がわかったかしら?」
「わかった…わ…だから許して…!」
「私は息子を3年前に殺してしまったのよ!」
「え…!?」
「私は後悔してもしきれないことをした…いつだって殺される覚悟があるからこそ私は手を汚し続ける!お前は先に逝っておけ…」
 ビリビリビリ…
「………」
 5分間電流を受け続けた秋山恵梨香は壮絶に感電死。全身黒焦げだ。
「お疲れさん…今日の仕事は終わりよ」
「お疲れ様です…」
 この日はここで解散だ。しかし真美にとって拷問を行う知沙の顔はいつも哀しみに満ちているように見えた。それはそうだろう…息子を意図的に見殺しにした母親を拷問したんだ。哀しみに満ちた知沙はタバコに火を点けると、彼女と顔を合わせないまま去っていった。

「さて…お話とは一体何でしょうか?」
 幸人はある人物から喫茶店に呼ばれていた。呼び出した人物は川崎弘達。一体何故?
「神戸真美…いや、僕の妹はまだ見付かりませんか?」
 神戸真美が川崎弘達の妹!?2人は銀行で働く上司と部下でしかないはずだ。それに川崎が38歳で真美が22歳なら16歳も離れた兄妹!?もとより幸人は知っていたようだが…
「川崎さん…僕も家族を失っている身です。何かあるなら僕に話してください」
 何故川崎の方から彼を呼び出したのかというと、初めて対面したときから普通ではない雰囲気を感じ、得も言えぬ恐怖感がありつつも信頼感を持ったのだ。この男ならきっと守秘義務を守ってくれる。そして交わした約束を守ってくれると信じている。
「僕と真美は腹違いの兄妹なんです…僕の母は小さいときに死にました…けど親父はドラッグに溺れて仕事なんかしない。物心ついた頃っちゃ施設でした…」
「それで、どこで真美さんが自分の妹さんと気付いたんですか?」
「僕が高校んとき、確か下校してたときだったんですけど、僕の親父が他の女性と歩いてたんです。本当にたまたま…でその女性が赤ちゃんを抱っこしてたんです…!」
 そう。川崎と真美は異母兄妹。しかし2人の父親は反社に所属していただけでなく、ドラッグに溺れたヤク中であり、まともに親の愛を受けることができなかった。真美はその後母子家庭で育つが高校生の頃に母が他界。卒業後に勤め先の銀行に就職した。同じ職場で会ったのも本当にたまたまだ。
「それであなたは自分が兄だとバレないように、上司と部下の関係を維持していた。そういうことですね?ですが何故明かさなかったのですか?」
「妹には妹の幸せがある。多分父親の正体を知らないと思ったんです。もし俺が兄だと言ったら真っ先に父親を疑う。知らなくていい事実だってあると思ったからですよ…」
「確かにそれはあるでしょう…ですがお兄様とわかった以上、僕から言っておかなきゃいけないことがあります」
「神戸卓郎のことですね?」
「ええ。今回の犯人は正真正銘神戸真美さんです…ですが、僕の目的は妹さんの逮捕じゃありません」
 警察なのに容疑者を逮捕しないだと?なら何が目的なのだ?
「実は僕の方でわかったんですが、神戸卓郎は相当ヤバい連中と関わっていました…」
「その連中は?」
「珠水鳳凰(シュスホウオウ)…」
「しゅす…ほう…?」
 珠水鳳凰?それは日本の政財界が牛耳る闇の組織の名称であり、世間では知られていないどころか、検索しても一切ヒットしない。そしてEPISODE3で彼に倒された2m級の大男も珠水鳳凰の一員で、海外マフィアが日本で大々的に勢力を拡大していたのも政財界の後ろ盾があるためだった。
「今回真美さんが手に掛けた男は珠水鳳凰に雇われたかあるいは使われていた存在。厄介な奴を殺してしまったというわけです…」
「真美…」
「お兄さんも覚悟してください…今後親族を狙う奴らが来るはずです」
 そう。彼がどうして真美を逮捕せず、守るのが目的である理由とは、先程もあった通り政財界が牛耳る闇組織の尻尾を掴むためだった。それに真美や知沙が所属している組織の中に母親の千草がいるかもしれない。母親の顔をどうしても見たい。彼は愛情に飢えながらも、人を殺せてしまう闘争心の葛藤をずっと抱えていた。2人はパフェを食べ終わって会計を済ませると
「おい救急車!それに親はどこ行ったんだ!?」
 どうやら周辺が騒がしい。とあるスーパーの駐車場だが
「どうしました!?」
「車の中に子供が!」
 何と赤のSUVの中に3歳くらいの男の子が!10月という秋だがまだ残暑のせいで外は暑い。言うまでもなくエンジンが停止している車内では少しずつ高温になる。
「水瀬さん…!どうしますか?」
「皆さん下がっててください…」
 彼は静かに右拳に力を込め
「フゥ…!」
 バリーン…!
 何と一発の右ストレートで強化ガラスを大破させた。そのまま
「氷持ってきました!」
「ありがとうございます!」
 見た感じ2時間以上は放置されている!最高気温は30℃近いというのに親はどこにいる?そのスーパーのすぐ近くにはパチンコ店があり
「おい何でガラス割れてんだよ!?」
「これ買ったばっかなのよ!」
「あなたたちが親御さんですか?お車よりご自分の息子さんを心配したらどうです…?」
 現れたのは何とも輩に見える若い男女。見るからに24か25とかなり若い。
「おい割ったのテメェか!?この車幾らすると思ってんだゴラァ…!」
 自分の子供が死にかけたのにこの態度とは…
「これであなたたちには保護責任者遺棄罪が問われますよ?」
「難しい言葉並べてんじゃねぇ!テメェこっち来いよ…!」
「仕方ないですね…川崎さん、この子お任せしていいですか?」
「わかった」
 彼は大人しく男女に付いていった。大体出てくる言葉は想像つくが。
「テメェ車ごと弁償してもらおうか!」
「そうよそうよ!」
「それよりちょっと待ってください。あなたたち何歳ですか?」
「22だ!」
「私はまだ21よ!」
 未成年のうちにできた子供か。
「僕は28です。年上は敬わなきゃ…ですよ?」
「さっきから払う気ねぇようだな!?バカにしやがっておっさんが!」
 ドスッ…!
 男はムカついて彼の顔面を思い切り殴った。だが
「え…?」
「少し痛いビンタが必要ですね」
 彼は瞬きもせず拳を受けたが全く動じていない。彼の首の強さは異次元だ。
 バチン!バチン!
 何と彼は両頬が真っ赤になる威力のビンタを喰らわす。
「えぇ~!?ちょっとちょっと!」
「保護責任者遺棄は罰金刑ないので覚悟してください?」
 プルプル…
「坂本さんすいません?保護責任者遺棄罪で夫婦逮捕なのでお願いします」
 プツッ…
「お迎え呼びましたので…大人しく認めてください?」
「…はい……」
「あと、僕はおっさんじゃなくて水瀬幸人です」
 その後若い夫婦は保護責任者遺棄罪で逮捕。まだ初犯ということで軽い懲役刑で済んだ。車内放置された男の子は幸い後遺症はなく、施設に引き取られることになった。後遺症が残らなかったのは10月の残暑で真夏日よりかなり涼しいことが幸いした。それでも、暑い季節だろうが寒い季節だろうが、子供を車内放置するのは絶対にダメ!

 晴れた日曜日。市原親子は近所の公園で遊んでいた。
「ママ見て!」
 怜人は母の前で
「怜人は本当上手ね!」
 ママの前で格好良く逆上がりする姿を見せる。だが2人を眺める影の存在が…
「接近禁止命令なん関係ねぇ…」
 狙う影は市原修吾だ。もう保険金をどんな手でも使って奪うつもりだ。ナイフを持って突っ込もうとした瞬間…
「グゥゥ…!?」
 後ろから首を絞め落とそうとする女性が。真美だ。だがまだ慣れないのか力を弱めてしまい首から革バンドが解ける。
「ウッ…!?」
 彼女は抵抗されてそのまま尻もちをつく。突然騒がしくなれば瑠璃と怜人は気付き
「あなたっ…!?」
「パパ…?」
「(もうどうにでもなれ…!)」
「マズい…!」
 修吾は顔を見られた以上殺すしかないと考えナイフを両手でガッシリ掴んで突進!真美も立ち上がって必死で追うが間に合わない!すると…
「おいどけ!」
「幸人…!?」
「坊や…目を閉じて…」
 修吾の前に立ち塞がったのは何と幸人だ。彼は胸元に強烈なパンチで気絶させ、恐ろしいほどの手際の良さで連れ去った。真美は彼を追うことができず、顔を見られてはいけまいとここは立ち去るしかなかった。今度こそ明美に怒られるかな…?

「グゥ…?何だこれ…!?動けねぇ…!」
 修吾が目を覚ますと地面に下半身が埋まっている。手を使えば何とか出られそうだが
「クソッ!ビクともしねぇ…」
 何とコンクリートで固められているように動けない。
「お目覚めですか?」
「おい誰だテメェ!?こんなことしてタダじゃ済まねぇぞ!」
「自分の奥さんを轢き殺そうとした…お前が言う言葉じゃねぇんだよ…!」
 ドゴォーン…!
「ガァ…!!」
 穏やか口調が一気に怒鳴り声になると渾身の重い蹴りを顔面に喰らわせる。
「何すんだ…よ…?あいつは…結果的に生きてるだろ…?」
「お前は不倫の慰謝料を請求されて(不倫相手の夫から)、奥さんの保険金に目をつけた…車を盗難までしてお前は奥さんを轢いたんだよ…!」
「何で…知って…」
「僕は元公安だ…僕の情報ネットワークを舐めてもらっては困る…」
 すると彼は何故か去った。このまま餓死させるのか?
 ブーーン…
 何と事件に使われた黒のセダンに乗って戻ってきた。彼は車から降りると捜査資料を開き
「事件報告書には、奥さん…市原瑠璃さんは下半身がグチャグチャで半身不随になったとあります…それに、命が助かったのは本当に奇跡…」
「お前…まさか警察なのか!?なぁ自首する!!だからこっから出してくれ!」
「奥さんは下半身がグチャグチャになった…だから…あなたは上半身グチャグチャになりましょうか?」
「ちょっと…何言って…!?」
 彼はゆっくりとセダンに乗ってエンジンを掛ける。すると
「忘れてた…報告書に100km以上のスピードは出てたとありました!」
「おい…まさか…!?」
 ブーーーン!
「やめろ!頼むやめてくれぇーー!!」
 ブーーーーーン!!
「うわぁーー…!!!」
 グシャァ…!!
 100km以上のスピードで轢かれた市原修吾は完全に背中を反った状態で壮絶死した。彼が言う上半身グチャグチャとはこの通りだ。すると
「幸人…!」
「幸人君…!」
 彼の前に現れたのは後から追ってきた真美と知沙だ。真美と幸人が顔を合わせるのはこれで2回目。知沙はおもむろに彼に近付き…
「付いてきて…」
 デートしていたときとは違う険しい表情で一言だけ伝える。彼が何か話そうとしても一切口を利いてくれなかった。
「ごめんね…取り敢えず今は何も聞かないで…」
 知沙はどこへ連れて行くつもりなのだろうか?これが明美の言う「生け捕り」とでも言うのだろうか?