星の花が降るころに①

                    
――ガタン!
                      
びっくりした。去年のことをぼんやり思い出していたら、机にいきなり戸部(とべ)君がぶつかってきた。
                    
戸部君は振り返ると、後ろの男子に向かってどなった。
                   
「やめろよ。押すなよなあ。俺がわざとぶつかったみたいだろ。」
                        
自習時間が終わり、昼休みに入った教室はがやがやしていた。
                 
私は戸部君をにらんだ。
                    
「なんか用?」
                       
「宿題をきこうと思って来たんだよ。そしたらあいつらがいきなり押してきて。」
                            
戸部君はサッカー部のだれかといつもふざけてじゃれ合っている。そしてちょっとしたこづき合いが高じてすぐに本気のけんかになる。わけがわからない。
                         
塾のプリントを、戸部君は私の前に差し出した。
                      
「この問題わかんねえんだよ。『あたかも』という言葉を使って文章を作りなさい、だって。おまえ得意だろ、こういうの。」
                      
私だってわからない。一緒だった小学生のころからわからないままだ。
             
なんで戸部君はいつも私にからんでくるのか。なんで同じ塾に入ってくるのか。なんでサッカー部なのに先輩のように格好よくないのか。
             
「わかんないよ。そんなの自分で考えなよ。」
                     
隣の教室の授業も終わったらしく、椅子を引く音がガタガタと聞こえてきた。
                       
私は戸部君を押しのけるようにして立ち上げると、廊下に向かった。
                       
戸部君に関わり合っている暇はない。今日こそは仲直りをすると決めてきたのだ。
                         
はられたポスターや掲示(けいじ)を眺めるふりをしながら、廊下で夏実が出てくるのを待った。
                           
夏実とは中学に上がってもずっと親友でいようと約束をしていた。
                          
だから春の間はクラスが違っても必ずいっしょに帰っていた。それなのに、何度か小さな擦れ違いや誤解が重なるうち、別々に帰るようになってしまった。おたがいに意地を張っていたのかもしれない。
                 
お守りみたいな小さなビニール袋をポケットの上からそっとなでた。中には銀木犀の花が入っている。
                    
もう香りはなくなっているけど構わない。
                       
去年の秋、この花で何か手作りに挑戦しようと言ってそのままになっていた。
                     
香水はもう無理でも試しにせっけんを作ってみよう、そして秋になったら新しい花を拾って、それでポプリなんかも作ってみよう……
                       
そう誘ってみるつもりだった。夏実だって、私から言い出すのをきっと待っているはずだ。
                
夏実の姿が目に入った。教室を出てこちらに向かってくる。
                  
そのとたん、私は自分の心臓がどこにあるのかがはっきり分かった。
                        
ドキドキ鳴る胸をなだめるように一つ息を吸ってはくと、ぎこちなく足をふみ出した。
                      
「あの、夏実――」
                 
私が声をかけたのと、隣のクラスの子が夏実に話しかけたのが同時だった。
                     
夏実は一瞬とまどったような顔でこちらを見た後、隣の子に何か答えながらわたしからすっと顔を背けた。
                            
そして目の前を通り過ぎて行ってしまった。
                   
音のないこま送りの映像を見ているように、変に長く感じられた。
                       
騒々しさがやっと耳に戻った時、教室の中の戸部君がこちらを見ていることに気づいた。
                          
私はきっとひどい顔をしている。唇がふるえているし、目のふちが熱い。
                           
きまりが悪くてはじかれたようにその場を離れると、窓に駆け寄って下をのぞいた。
                             
裏門にも、コンクリートの通路にも人の姿はない。
                             
どこも強い日差しのせいで、色が飛んでしまったみたい。貧血を起こしたときに見える白々とした光景によく似ている。
                                 
私は外にいる友達を探しているふうに熱心に下を眺めた。
                               
本当は友達なんていないのに。夏実の他には友達と呼びたい人なんてだれもいないのに。