けれど、このプロジェクトは異例だった。吉見さんが大日時代に手がけたクライアントからの、名指しの依頼なのだ。
吉見さんが大日を辞めたと知っても、クライアントは彼に頼みたいと食い下がったそう。それならと、うちの設計事務所が全面的に請け負うことになった。
吉見さんの仕事を、きちんと評価してくれているひとがいる。
だからこれは、喜ばしいこと。
……なんだけど。
そっと唇に触れてみる。
そろそろ、あの日の感触が思い出せなくなりそう。
ううん、まずあれはほんとうに現実だったのかな、なんて考えてしまう。
それもこれも、あのキスのときからまとまった時間を取って会えていないせい。おなじ職場なのに。
壁の時計がちらっと目に入る。午後七時半。夜はまだ長い。明日なんて、もっと先。
「吉見さん、そっちでもちゃんとご飯食べてね」
『これから食う。メシ連れていってもらうことになってて。陽彩は? もう食った?』
「ううん、まだ」
『陽彩こそ、早く食って。じゃあ、切るわ」
「えっ? や、待っ、ひとりで食べたって――」
『ごめん、なに? 今聞こえなかった』
「……ううん。こっちの話。明日は気をつけて帰ってきてね。ご飯いってらっしゃい」
吉見さんに会えないから食欲が出ない、なんて。そんなことを伝えたところで、どうにもならない。
もう少しで口をつきそうになったため息を、私は押し殺す。
だいたい、人前よりひとりのほうがたくさん食べられるのが私だったはず。うん、そう。
今のはちょっと心細く感じただけ。思いが通じたからって、欲が出ただけ。
だから、まさか吉見さんがあんなことをするなんて、このときは思いもしなくて。
吉見さんが大日を辞めたと知っても、クライアントは彼に頼みたいと食い下がったそう。それならと、うちの設計事務所が全面的に請け負うことになった。
吉見さんの仕事を、きちんと評価してくれているひとがいる。
だからこれは、喜ばしいこと。
……なんだけど。
そっと唇に触れてみる。
そろそろ、あの日の感触が思い出せなくなりそう。
ううん、まずあれはほんとうに現実だったのかな、なんて考えてしまう。
それもこれも、あのキスのときからまとまった時間を取って会えていないせい。おなじ職場なのに。
壁の時計がちらっと目に入る。午後七時半。夜はまだ長い。明日なんて、もっと先。
「吉見さん、そっちでもちゃんとご飯食べてね」
『これから食う。メシ連れていってもらうことになってて。陽彩は? もう食った?』
「ううん、まだ」
『陽彩こそ、早く食って。じゃあ、切るわ」
「えっ? や、待っ、ひとりで食べたって――」
『ごめん、なに? 今聞こえなかった』
「……ううん。こっちの話。明日は気をつけて帰ってきてね。ご飯いってらっしゃい」
吉見さんに会えないから食欲が出ない、なんて。そんなことを伝えたところで、どうにもならない。
もう少しで口をつきそうになったため息を、私は押し殺す。
だいたい、人前よりひとりのほうがたくさん食べられるのが私だったはず。うん、そう。
今のはちょっと心細く感じただけ。思いが通じたからって、欲が出ただけ。
だから、まさか吉見さんがあんなことをするなんて、このときは思いもしなくて。



