「俺もさっき、クソって思った」

 やわらかい、と思ったのは、その唇が離れて吉見さんが満足そうにしてからだった。




 
 年が明けて、仕事始め。
 ひと昔前は、建築工事に年末年始の休みなんて関係なかったものだけれど、今ではそんなことはない。
 うちの事務所がお付き合いしている業者もきっちり休業して、いよいよ今日から工事再開だ。今月末には内装工事も含め、完了予定になっている。
 今日は私も比較的、業務が落ち着いているほう。思いきって花梨ちゃんをランチに誘うと、意外にもふたつ返事でオーケーされた。
 ランチ時間の混雑を覚悟して、事務所近くにあるカントリー風の内装が可愛らしいカフェに入る。
 周辺の会社がまだ年始休暇中なのか、中は意外と空いていた。
 花梨ちゃんは、全粒粉パンを使用した、ハーブチキンのクラブサンドとキャロットラペを注文する。
 ぜったいに足りなくなるとわかってはいるけれど、私もおなじものにした。

「――年末、吉見さんにフラれました」

 花梨ちゃんは、運ばれた水で息をつくなりそう切り出した。

「わたし、これまで恋愛で自分から行ったことがなかったんです。学生時代からずっと向こうからで、苦労したことがなかったんですよ。それなのに……」

 自信過剰とも取れる発言だけれど、マウントを取られたとは思わなかった。花梨ちゃんなら、そんな学生時代を送っていてもふしぎじゃない。
 私だって、男だったらこんなかわいい子と一度は付き合いたいと思うくらいだし。
 吉見さんは、なんで私なんだろう? 
 自分を卑下してそう思うわけじゃなくて、これは純粋な疑問。
 あらためて花梨ちゃんを眺めても、どこにも非が見つからないのに。なんで。

「百歩譲って、わたしのアプローチが下手だったのかもしれませんけど……吉見さん、なんて言ったと思います?」
「え、や、ちょっと想像がつかないかな」