まるで背後から抱きしめられているみたいで、身動きが取れない。吉見さんはなんで冷静でいられるのか、さっぱり理解できない。
吉見さんは水を止めると、私が手にしていた布巾を取る。一瞬だけ、指が重なった。
「シンプルに、ただの同僚じゃ足りなくなった。プロジェクトが終わってはい、解散ってのも、ムカつくし」
「む、ムカつくんだ」
「そう。新しいプロジェクトが立ちあがったら、今度は別の男にたくさん名前を呼ばれて、一緒に頑張るんだろ。それもモヤって」
吉見さんが顔を歪める。珍しい顔。
「そう思うのは、俺の中にいつのまにか陽彩の場所ができていたからかって、気づいて。……ここに、居座っているんだ」
吉見さんが表情を歪めたまま、自身の左胸のあたりをとん、と軽く叩いた。
「これ、俺ひとりではどうにもできない」
「……か」
「か?」
「勝手かな、私。今、めちゃめちゃ嬉しいって思っているんだよね」
小鉢を戸棚に片付けた吉見さんが、シンクに手をつく。
目元がやわらかく細められ、深い色をした目は甘い熱を帯びていく。ときおり、私を切なく求める光さえちらついて。
ゆっくりと、きれいな顔が近づいてくる。
キスするまではあと、わずか二秒を残すのみ。
ピピッ、ピピ、ピピッ――……。
私は諸悪の根源たるスマホのアラームを、ほとんど憎しみを込めて止めた。暑くなっていた頬が、すうっと冷えていく。
あとに残ったのは落胆ばかり。
「これからジムだった……」
「じゃ、俺も帰る。明日の準備もあるし」
吉見さんが身支度を始める。なんとなくぎくしゃくしてしまうのは、つい今しがたまで大変によい雰囲気だったのが霧散したからだ。
あともう少しでキス……というときに邪魔をしたアラームの罪はかなり大きいと思う。
「出張、明日からなの?」
「ん、広島だから前乗り。土産買ってくる、なにがいい?」
吉見さんは水を止めると、私が手にしていた布巾を取る。一瞬だけ、指が重なった。
「シンプルに、ただの同僚じゃ足りなくなった。プロジェクトが終わってはい、解散ってのも、ムカつくし」
「む、ムカつくんだ」
「そう。新しいプロジェクトが立ちあがったら、今度は別の男にたくさん名前を呼ばれて、一緒に頑張るんだろ。それもモヤって」
吉見さんが顔を歪める。珍しい顔。
「そう思うのは、俺の中にいつのまにか陽彩の場所ができていたからかって、気づいて。……ここに、居座っているんだ」
吉見さんが表情を歪めたまま、自身の左胸のあたりをとん、と軽く叩いた。
「これ、俺ひとりではどうにもできない」
「……か」
「か?」
「勝手かな、私。今、めちゃめちゃ嬉しいって思っているんだよね」
小鉢を戸棚に片付けた吉見さんが、シンクに手をつく。
目元がやわらかく細められ、深い色をした目は甘い熱を帯びていく。ときおり、私を切なく求める光さえちらついて。
ゆっくりと、きれいな顔が近づいてくる。
キスするまではあと、わずか二秒を残すのみ。
ピピッ、ピピ、ピピッ――……。
私は諸悪の根源たるスマホのアラームを、ほとんど憎しみを込めて止めた。暑くなっていた頬が、すうっと冷えていく。
あとに残ったのは落胆ばかり。
「これからジムだった……」
「じゃ、俺も帰る。明日の準備もあるし」
吉見さんが身支度を始める。なんとなくぎくしゃくしてしまうのは、つい今しがたまで大変によい雰囲気だったのが霧散したからだ。
あともう少しでキス……というときに邪魔をしたアラームの罪はかなり大きいと思う。
「出張、明日からなの?」
「ん、広島だから前乗り。土産買ってくる、なにがいい?」



