一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは

 お皿を拭くたびに動く、カットソーをまくった腕のたくましい筋肉とか。意外とていねいに布巾を扱う、すらりとした指先とか。
 そんなものにまでいちいち心臓が跳ねるのだから、重症だ。触れてみたいと思うなんて。

「陽彩? 陽彩、これどこ?」
「はいっ? あっ、それは吊り戸棚の上の段。えっとね」

 吉見さんが手にした小鉢を見て、私は真上の吊り戸棚の扉を開けた。私のほうが近い。自分で仕舞おう。
 ところが小鉢を受け取るより早く、吉見さんが私の背後に立った。

「あ、私やる……よ……」

 シンクの前でふり向いた私に、吉見さんが覆い被さる。
 突然のことに固まってしまった。や、この体勢はなんというか、囲われているみたいでは……!
 私の心臓が早鐘を打つ。吉見さんが手を伸ばして、私の頭越しに小鉢を吊り戸棚に収める。
 吉見さんの吐息が、耳をかすめる。
 胸がさざめく。耳の下、うなじがぞくりとするのがわかった。

「もう一枚も」
「う、うん」

 シンクに置いた小鉢をそそくさと洗う。真うしろで吉見さんが待ちかまえていると思うと、布巾を動かす手がぎこちなくなった。
 これでは、緊張しているのがバレバレになってしまう。私は場を取りつくろうとして切り出して。

「なんか、こうしていると新婚さんみたいじゃない?」

 ……失敗した。
 うわぁ、大失敗した。
 新婚って。なに言ってんの。
 そうだ思い出した。つい昨日だって、イタい発言をしてしまったばかりだ。
 たしか、そう。

『吉見さんの手、気持ちいーね……』

 思い出したとたん、私はゴトン、と拭いたばかりの小鉢をシンクに取り落とした。呆然とシンクを覗きこむ。
 ラッキー、割れずに済んでいる……って、そういうことじゃなくてね?