記憶の底から浮きあがろうとする場面を、私はとっさに胸の奥へ押し戻す。
 どうせまた、私が期待をしすぎたせいで、なんらかの意味をこめた発言のように聞き取っただけに違いないから。

「陽彩ってさ、自分のアルコール許容量わかってないだろ」

 配車アプリで手配したタクシーに乗りこむ。吉見さんは、迷わず私のマンションの場所を運転手に伝えた。
 ぼんやりとそれを聞いているうちに、タクシーが夜の東京を走り出す。なんでタクシーに乗ってるんだっけ。
 思い出した、二軒目で行ったラーメン屋でビールをがぶ飲みしちゃって――。

「俺が見る限り、陽彩は見たとこビール四杯まで。五杯目いくと、間違いなく潰れる」
「二杯しか飲んでないよーだ」
「よーだ、って。どれだけ酔っているんだよ。一次会で飲まされていただろ。陽彩は勧められたら断らないから、要注意だな」
「見てたのー?」

 言いながら、くすくすと笑う。吉見さんには、ダメダメなところばかり見せているなぁ。
 大食いで、お酒は飲みすぎて潰れて。人前で自分を見せられないから、勧められたら断れなくて。
 吉見さんも、よく愛想を尽かさずにいてくれるよね。

「……なーんて、実は愛想を尽かしてるでしょー」

 タクシーが左折や右折をするたびに、体がゆらゆら揺れる。酔いのせいでもありそう。
 と、大きく左折するのに合わせて頭が窓にぶつかりそうになる直前、骨ばった手に頭を引き寄せられた。

「っとに、口調が酔っ払いのそれだな。愛想、尽かさないから。着くまで寝れば? 体、固定しておく」
 吉見さんのジャケットの肩に、頭が軽く当たる。これはちょうどいいかも。あたたかくて、逞しい。
 私は力を抜いて、頭を吉見さんに預ける。
 吉見さんの手が私の頭のてっぺんから肩へと、滑り落ちていく。私とは違う、男のひとの硬い手。

「吉見さんの手、気持ちいーね……」