ゲホッ、ゴホッと変な咳が止まらない。涙目で水のグラスへ手を伸ばすと、吉見さんがグラスを引き寄せてくれた。

「花梨ちゃんに告られたの?」
「そこまで言ってない。でもまあ、そんなとこ。メシ誘われたから断った」
「そ、そうなんだ。花梨ちゃんはなんて……?」
「まあ、理解したんじゃないか」

 吉見さんの口調は淡々としていて、この話はこれで終わりと言わんばかりだ。だからそれ以上を追及してもいいのか迷う。
 でも、聞かずにはいられない。

「あの花梨ちゃんでもダメなんて、吉見さんって理想が高くない?」
「いや、理想が高いっていうか、すぐ前にいるのにハードルが高い」
「ん? どういう意味」
「だから、俺の前にいるんだけど。理想」

 今度は、食べかけていたメンマを取り落とした。

「……スープ、服に跳ねてるけど」
「へ!? わっ、お気に入りの服なのに……!」

 吉見さんの冷静な指摘に、私ははっとしてテーブル上のティッシュを取った。水色のタートルネックニットに乱暴に押し当てる。
 ダメだ、頭の中が大パニックを起こしている。顔から火が出そう。
 吉見さんの顔を正視できない。
 羞恥といたたまれなさが束になって襲ってくる。よりによって、ラーメンの汁を服につけるところを見せる羽目になるなんて!
 だって。だってだよ?
 今、なんて言ったの?
 




 なぜ私はそのあと、ビールを一気飲みしてしまったんだろう。
 さらには追加注文した餃子を猛然と食べ始めたんだろう。当然のごとく、さらにビールも追加して。
 あとから考えれば、自分の行動が間抜けすぎる。
 踏みしめた地面が、ぐにゃりと曲がる。パンプスの足音が乱れ、地上数センチのところを体が浮いているような気がする。
 なぜこんなことになったのか、理由はうろ覚えだ。 
 とにかくパニクって舞いあがりそうになる自分をいさめるために、お酒で体を冷やそうなんて思った……んだっけ。
 あれ、なぜパニクったんだっけ。