一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは

 いや、声っていうか、名前呼び捨てにしたよね? なんで?
 首だけをぎくしゃくと(めぐ)らせると、予想よりも間近に吉見さんの顔が迫っていた。
 心臓がふたたび跳ねあがった。

「よ、吉見さん?」
「柳さんは忙しいだろ。なんかあるなら俺に聞けば」
「僕は別に忙しくな……」

 ぽかんとした柳さんが、急に拳でぽんともう一方の手のひらを叩いた。なぜか意味深に笑っている。

「……いと思ったけど忙しかったー。ごめんねー、おひ」
「陽彩、それでなに? あっちで聞く」 
「え? え?」

 わけがわからない。心なしか険しい顔の吉見さんと反対に笑いをこらえる柳さんを呆然と見比べる私を、吉見さんが腕を引いてミーティングスペースにうながす。
 待って。私って、吉見さんに用事あったっけ? ないよ?

「吉見さん、今日は私、別件で来ただけで。ル・ポワンのほうは順調で」
「はっ? ……なんだ」

 ミーティングスペースの手前で、吉見さんがばつが悪そうに手を離す。
 はあ、びっっっくりした……。このごろよく手をつかまれるのも、心臓によくない。
 まだばくばくと盛大な音が鳴り響いている。破裂したらどうしてくれよう。

「というわけで、用事は特になくて」
「悪い」
「急に名前で呼ばれたから、何事かと思っちゃった」
「それは……いいだろ、別に。ほかの男も、名前で呼んでいるわけだし」

 他の男って、言いかた! 同僚だよ。

「や、そうなんだけど突然だったから、なんでかなーって」
「気に食わなかったんだから……いや、いい」
「え? ごめん、なんて? 聞こえない」

 ミーティングスペース脇のコピー機が印刷を始める音で、吉見さんの声を聞き逃してしまった。

「なんでもない。まあ、嫌なら止めるけど」
「嫌じゃない嫌じゃない! うん、これからは陽彩でよろしく」