またひとつ吉見さんの隠れた優しさに気づいて、私の胸がとくんと鳴る。
 だからこそ、彼がふり返らないのが思いのほか(こた)えた。

「吉見さん、怒ってる?」

 私が待ち伏せなんかしたから。

「怒ってるよね。ごめん、でもこれだけは言わせて。気になったって言っても、好奇心からなんかじゃないから。ただ、吉見さんが心配で……」
「怒ってない」
「うそ。怒ってるなら怒ってるって言っていいよ」
「違うって」
「でも、こっち見ないじゃない」

 思わず声を張ると、吉見さんがふり向いた。
 いつになく、弱った顔で。

「怒ってない。……情けないところを目白さんに見られて、顔を合わせられないだけ」
「ん? 情けないところなんてあった?」

 首を捻ると、吉見さんが「はあ」と深々としたため息をついた。だしぬけに地面に屈みこむ。
 それから、言いたくないことを言わせないでくれとでも訴えるように、小さく早口でつぶやいた。

「前の職場から逃げたんだよ、俺。そんなの、見られたら情けないに決まってるだろ」
「なんで? 大日設計が、吉見さんにとっていい職場じゃなかったというだけのことでしょ?」
 私はますます首を捻った。

 吉見さんの情けなさのポイントがよくわからない。
 ちらっと話しただけでも、あの西田とかいう男にいい印象はなかった。粘着質な視線とか、仕事に対する姿勢を疑うリングとか。
 吉見さんがふしぎなものを見るように私をじっと見つめ、頭を掻きむしる。考えるよりも先に、私は吉見さんにさらに近づいて腰を屈めた。
 吉見さんの背中に手を伸ばす。
 けれど途中ではっとした。私ってば、今吉見さんになにをしようとしたの?
 ところが手を引こうとすると、逆に手首をつかまれた。

「目白さんの解釈って、いつもそうなわけ?」

 晩秋の夜だというのに、私よりひと回り大きな手が、熱い。