「どうしよ……」

 何度目かわからないつぶやきが漏れて、私はため息をつく。左手の腕時計に目を落とすと、午後七時半を指していた。
 大日設計本社ビルからほど近いカフェのカウンター席から眺める夜空も、店のライトが煌々と映えている。
 向かいの洒落たダイニングバーに消えていった吉見さんたちの姿は、まだ現れない。

「いやいや、こんなのストーカーじゃない?」

 隣の席の女子大生とおぼしき子にぎょっとした顔を向けられ、私は「はは」と笑いをとりつくろった。
 独り言が声になってしまっていた。恥ずかしい。しかもよりによってストーカー発言だし。
 私だって一度は帰ろうとした。けれど、やっぱり吉見さんの様子が気になって引き返したのだった。
 とはいえ、前を歩くふたりになんて声をかけたらいいものかと迷い。
 気づいたときには、ダイニングバーに入る彼らを見届けていた。
 そして現在、帰るタイミングを逃して向かいのカフェの二階席にいる――というわけだ。
 冷静になって考えると、われながらつくづく呆れてしまう。
 すっかりぬるくなった紙カップのカフェオレに、口をつけたときだ。ダイニングバーを出てきたふたり連れが目に入り、私は勢いよく腰を上げた。
 ひったくるようにしてショルダーバッグを提げ、ゴミを捨てて店を飛び出す。
 顔を見て、普段どおりのそっけなくも優しさを含ませた笑いが浮かんでいたら、安心できる。
 そう、それができたら帰ろう。
 だけど街路樹のあいだから狭い車道を挟んで向かいの歩道へ渡ろうとして、私の足が止まった。

「――いつまでも澄ましてんなよ、吉見」

 吉見さんの肩を、リング男が強引に引いた。

「今だから言うけどさ、お前も悪かったと思うぜ? 才能が多少あったってさ、周りと上手くやれなきゃ。俺も、お前のこと庇うの大変だったんだからな」

 その言葉に、吉見さんが息だけで笑う気配がした。