その様子に気を取られてしまい、反応が遅れた。
 私は吉見さんに追いつこうとしてつんのめった拍子に、ピアスを取り落とした。

「あ、待って」

 数歩先に行っていた吉見さんが気づいて戻ってくる。ほっとしてピアスを拾おうとかがんだときだった。

「吉見? やっぱり吉見だよな」

 どことなく粘ついた声に、私は思わず手を留めて顔を上げた。
 最初に目に入ったのは大日設計のロゴ入りの紙袋。それから、海外ブランド品らしいチャコールグレーのスーツ。
 右手の中指と薬指に嵌めたごついシルバーリングに、私はつい眉をひそめる。
 サンプルや建材に傷をつけてはいけないので、うちの事務所では営業でも結婚以外の指輪をするひとはいない。
 リング男のそれは、訪問先や建築現場で建材などに傷をつける可能性がありそうなやつだった。
 ひと言でいうなら、チャラそう。
 襟足までのワンレングスの髪が縁取る顔は笑顔だけれど、吉見さんを見る目は笑っておらず、抜け目ない男という印象がする。

「どうも」

 吉見さんの返事は、うちに入社した直後よりも硬い。
 基本的に、吉見さんは誰に対しても口数が少ないほうではある。けれど、その態度だけで、吉見さんとリング男の関係が察せられてしまった。

「久しぶりじゃん。お前、このあと暇? せっかくだから飯行こうぜ。いいだろ? お前、今どうしてんのかって気になってたんだからさ」
「いや、事務所戻るから」
「事務所? ってことは、よそで拾ってもらえたのか。今どこいるんだ? 彼女は同僚? 俺は――」

 リング男が私に向けて自己紹介を続ける。
 その口調は馴れ馴れしくて、隠しきれない傲慢さが浮かんでいた。
 不快感が先に立ってしまい、彼の名前が耳の上を滑っていく。かろうじて、吉見さんの同期だということだけはわかった。
 まあでも、私も名乗らないわけにいくまい。