一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは

「どうぞどうぞ」 

 もどかしい思いで財布から千円札を三枚抜き取り、カウンターに置く。
 ビニール製のちゃちな暖簾をくぐると、生あたたかい夏の夜風が頬をなぶった。夜道が、雑然とした飲屋街の照明に照らされている。
 俺はその光景の中を、事務所に向かって駆け出した。
 
     *

 肌を焦がす熱射に、頭に浮かぶのはエアコンの冷風のことばかり。
 八月だからって、天気もここまで本気を出さなくていいのにと思う。
 アスファルトもそう。
 いくら太陽の光を浴びたからって、律儀にその熱を人間に跳ね返す必要はないじゃないの。せめて休日くらいは。
 まったくもって理不尽な文句を心の内で並べ立てるけれど、私の足取りはめっぽう軽い。

「やっぱり、吉見さんなら大丈夫だと思ってました。さすがでした。クライアントも、めちゃめちゃ嬉しそうでしたね!」
「目白さんのほうがはしゃいでると思うけど」

 そりゃあそうだ。だって、再チャレンジした提案が高評価だったんだもの。
 両手でガッツポーズをして、思いきり飛び跳ねたくもなる。
 吉見さんの新店舗イメージは、当初から素敵だったと思う。外観はコンセプトに沿いつつお洒落で、行ってみたいと心から思えるものだった。
 けれど修正案の内装設計は、見るだけでお腹が空く空間だったのだ。
 図面の細かいことはわからないながら、油の音やバターの匂い、スタッフの笑顔にもちろんお客様の歓談の声まで、目の前に立ち上るようだった。
 街の食堂みたいな、親しみやすさ。あるいは自宅の開放感。ふらっと入ってもよそ者感はなく、ほっとする感じが伝わってきて。
 こんなにも変わるものなんだと、驚きの声を漏らしてしまったくらい。
 これはぜったい、食事をしたひと全員がお腹に幸せを満たす場所になる。
 そう確信したとおり、クライアントからもその場でOKをもらったのだった。