一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは

「だからって、飲みですか? 明日にはクライアントへの再提案なんですけど」
「どうせ事務所にいたって、ろくな案も浮かばないよ」

 駅前の立ち飲み屋の薄汚れたカウンターで、菩薩と部員に呼ばれている宮根課長が俺のビールジョッキに自身のそれを合わせる。
 小気味よい乾杯の音が立つ。
 上司と部下の上下関係を気にしないひとらしい。
 枝豆、たたききゅうり、たこわさと立て続けに並べられ、俺たちはさっそくせっせと咀嚼にかかった。

「転職して早々にこき使ってて悪いね。どう、うちは? 前とは勝手が違うでしょ」
「そうですね。勉強させてもらってます」

 前の設計事務所での俺の担当は、歴史的建築物の改築が主だった。
 それこそ、設計の考えかたからして飲食店とはまるきり違う。
 建物の歴史的価値をいかに損なわずに、建築基準法など現代の各種法律に準拠させるか。それが設計の基本思想だった。
 客の過ごしかた云々は二の次。勝手の違いに戸惑うどころの話じゃない。
 事務所の人間との親睦を深める余裕もなく、俺はまず一から勉強する必要があった。

「だから、定時後の付き合いはお断りって?」
「まあ、はい」

 前職での揉め事も、必要以上の付き合いを拒む原因だった。もともと弁が立つほうでもないため、断るうちに事務所の皆からは腫れ物に触るのに似た扱いを受けるようになってしまった。
 仕事もそうだが、人間関係を一から構築するのも難航している。

「あ……でも、目白さんが(やなぎ)さんに話をつけてくれてたみたいで、昨日柳さんからアドバイス頂けました」

 柳さんは、設計部の先輩だ。飲食店設計に詳しく、目白さんから聞いたからと知識を共有してくれたのだ。

「そうか、おひよちゃんが。それなら安心かな。柳くんは役に立った?」
「はい、助かりました。ただ……俺がまだ咀嚼できていない部分もあって」

 俺は柳さんからもらったアドバイスと、目白さんのメモの話をする。