自分でも意識するまもなく、私は「あの」と吉見さんのシャツの二の腕辺りを引っ張っていた。

「吉見さんの前では、ごまかさなくていいんだよね?」
「なに? 急に」

 吉見さんが手を止めて私を見あげる。
 私がなにを言い出すか見当がつかないという顔を目の当たりにすると、心臓がドキドキしてきた。
 どうしよう、先日のことを覚えてなかったら。あの場限りの言葉だったとしたら。手に冷や汗が浮かんでくる。
 吉見さんが私の言葉を待っている。
 あたたかくはないけれど、冷たくもない目が、ただ静かに私を見ている。
 探るように、うかがうように、声がいつもより小さくなった。

「お、覚えている?」
「覚えているけど、それがどうかしたの」

 とたん、どっと深い息が漏れて、その息に押し出されるようにして次の言葉がするりと出た。

「ご飯、奢るから。私と一緒に食べてくれない?」
 



 暖簾を一歩くぐるなり、充満する油の匂いに私は目をしばたたいた。
 白木のカウンター席のほかにはテーブル席が四席だけの串揚げ屋の店内には、じゅうっという食欲をそそる音が絶えず響いている。
 甘辛いソースの匂いにも五感が大いに刺激され、ぐううとお腹が鳴った。
 さいわい、油の音でかき消されたけれど。

「ずっと入ってみたかったんだけど、ひとりだとなかなか勇気が出なくて。ここ、事務所のすぐそばでしょ。見られたら怖いし」
「気苦労が絶えないな」
「そうなんです」

 オーダーストップをかけるまで、お任せで出てくる形式だ。
 店主がカウンターの向こうで揚げ始めるのが目に入ると、テンションは否が応でも上がっていく。
 恐れていた胃痛も感じない。吉見さんにはバレたし、今さら隠す必要もないからだろうな。
 奥のカウンター席に陣取り、ビールで乾杯する。
 初手から車海老という大物が登場して、歓声を上げた。レモンを絞り、軽く塩をつけて頬張る。