ふり返った吉見さんが咳きこむ。
 その手には、カロリーバー。

「咽せ……ごほ、ごほっ、目白さんが急に肩を叩くから」
「うわぁ、驚かせる気はなかったんだけど、なんかごめんね?」

 吉見さんの席にはゼリー飲料はスタンバっていたけれど、飲み物は見当たらない。とりあえずは……と、私は吉見さんの背中をさすった。
 って、あれ。設計部の皆さまの視線をやけに強く感じる。
 なぜなのかと疑問が湧いたけれど、吉見さんの声にわれに返った。

「で、シェ・ヒロセがどうしたって?」
「そうそう! 実はね……吉見さんも知ってのとおり、シェ・ヒロセへはうち以外にも二社アプローチしてたんだけど」

 誰それが土地を探している、という話は疾風のごとき速さで業界内を伝わる。
 今回のシェ・ヒロセに関しても、当然ながらその噂を聞きつけた他社が売りこんできていた。

「さっきオーナーから連絡がきて。うちに正式にお願いしたいって!」

 過去イチ、喜びを全身から発する私と異なり、吉見さんの反応はそっけなかった。

「用件はそれだけ?」
「それだけって、いやいや。めちゃめちゃ大事なことだよね? 成約だよ?」
「ああうん。それはわかった。ほかに用事がないなら、もういい? メシ食ってる」

 吉見さんはふたたびパソコンとにらめっこを始める。
 片手にはカロリーバー。だけどそれは、少なくとも私基準では食事の風景じゃない。
 つい顔をしかめたけれど、口出しすればただのおせっかいだと思われそう。
 吉見さん、他人に干渉されるのも好きじゃなさそうだし。
 私だってとやかく言いたいわけじゃない。
 社会人としてそれなりにやってきて、他人の生きかたをとやかく言うのは野暮だと理解しているから。
 だからこれは断じておせっかいではなくて。
 ――ただ、私がこのまま席を離れるのが惜しかったから。