こんなことなら、どこかでお腹を満たしておけばよかった。
 胃が痛くて食べられない。食べられたとしても食べたが最後、周りをドン引きさせてしまう。
 嘲笑と冷笑を浴びた過去が襲いかかってくる。
 手のひらに汗がにじんだ。

「吉見、おひよちゃんに無理やり食べさせるんじゃないぞー。食べきれなくて困っちまうよなあ、おひよちゃん」
「はいっ。それに私、実はさっき事務所でちょっと食べてしまって」
「ああ。そういうことか。この前のカゴの中身も、自分用だったんだ」

 ガチャン!
 皿が鳴る音に、私ははっと自分を見おろす。
 いつのまにか腰が浮いていた。
 設計部の皆さんのぎょっとした表情が私に集中する。全身の血が沸騰する。
 なのに、指先から全身が冷えていくのが自分でもわかった。
 落ち着いて、落ち着こう。
 今の会話だけでバレたはずがない。落ち着け。

「……っ、ちょっと電話が! 外、出てきますね!」

 よくわかった。
 悪気はないのだろうけど、旨煮男は地雷だ。
 決して踏んではいけない。



 
 設計の立場から見た吉見さんのコメントは的確で、理にかなっていた。
 できればこのコメントを元に顔を突き合わせて打ち合わせがしたいと思っていたけれど、あんなことがあったあとでは顔も合わせづらい。
 とはいえこれは仕事。
 私事とは切り離して旨煮男を捕まえようとしたものの、タイミングが合わず。
 けっきょく、コメントを元に資料をブラッシュアップするだけがせいいっぱい。
 旨煮男本人とは話をしそびれたまま、クライアントを訪問することになった。

「――日常に句読点を打つ場所、がコンセプトなんですよ」

 そうしてやってきた、打ち合わせの場。シェ・ヒロセのオーナーシェフの(ひろ)()さんが、テーブルの向かいで新業態の店舗を説明する。今日は、休業日なのだ。