私はお返しに、旨味が溶けこんだスープをパンにつけて一希に渡す――と、一希は私の手を引き寄せて、平然とその手ずからパンを口にした。
 こんなのはちょっと、だいぶ、恥ずかしい……!
 和牛の頬肉を香味野菜と赤ワインで煮込んだ一品も、ふたりでシェアする。
 こんなふうになんでも分け合って、ふたりで過ごせたらいいなぁ。
 なんて、伝統的な焼き菓子だというクランベリーのクラフティの素朴な味わいの余韻を噛みしめつつ、こっそり思ったときだった。
 食器が下げられると同時に、一希が私をまっすぐ見つめた。

「受注はいいんだけど、面倒なことがあって。これから広島との行き来が増えると思う」
「あ……そっか。そうだよね」

 うちの事務所は中堅どころだ。一希は別として、文化財を扱える業者と組んだ経験はない。
 一希はこれから業者との調整を一手に引き受けることになるはず。
 当然の流れだし、おめでたいことには違いないけれど。

「今以上に会えなくなっちゃうね……」
「だから、これ受け取って」
「え?」

 視線が落ちかけた私は、思いがけない言葉に顔を上げる。
 息をのんだ。

「え……」

 一希が、赤い小箱を差し出す。
 どう見ても、指輪が納められているだろうサイズの箱だ。目が釘付けになった。

「最初はプロジェクトが軌道に乗ってから言うつもりでいたから、演出とかシチュエーションとか、凝ったこと考えられなくてベタで悪い」

 私は無言でかぶりを振る。
 言葉が喉元であふれて、渋滞を起こす。なにひとつスムーズに出てこなくて、代わりかのように視界がぼやけた。
 ベタでいいよ。
 一希が気持ちをくれるなら、なんだっていいよ。

「最期のメシまでずっと、陽彩と一緒に食いたい。陽彩の食うとこを見るだけで俺は幸せで、その分俺も陽彩を幸せにできるよう努力するから」