「そりゃあそうだよ。一希を酷い目に遭わせたんだから。CADを立ちあげるたびに、パソコンがフリーズする呪いにかけたい」

 でもあの業界大手である大日設計の提案を退け、一希の提案が採用された。
 決め手は、その文化財が建てられ、大切にされてきた背景に対するリスペクト。
 早い話が、一希のていねいで緻密な仕事が評価されたということ。

「あいつもこれで、仕事への姿勢を見直すだろ」
「西田なんか知らない。次会ったら、うちの建築士の優秀さをドヤ顔で語ってやるんだから」

 運ばれてきた豚レバーのパテと焼きたてパンを前に、一希が噴き出した。
 不当な評価で貶められ、追われるようにして前の職場を去り、ほんとうは誰よりも悔しい思いをしてきただろう。眠れない夜もあったはず。
 だから私で代わりになるなら、いくらでも憤慨するし暴言だって吐く。

「でもきっと仕事できっちり仕返しをしたのが、本人にはいちばん堪えているよね。一希はすごいよ」

 なにより一希がそうやって笑ってくれると、少しは感情を昇華できたのかなと思えてほっとする。
 里緒には、あのパーティーでの行弘との一件も、私がトラウマを乗り越えたことも報告した。
 それはもう、私以上に喜んでくれて(もちろん、行弘に対しては激昂して)、早く一希に会わせてくれと催促された。近々、一希を里緒とのランチに呼ぶ予定だ。
 シャンパンのフルーティーな酸味が、心地よく喉を滑っていく。
 シェ・ヒロセでも出されたとうもろこしの冷製ポタージュの次は、真鯛のアクアパッツァ。魚介とハーブの香りがふわっと立ち上る一皿は、気取らず食べれるようにというシェフの気遣いで、ふたりでシェアする料理だ。
 一希はそれとなく、私がたくさん食べられるように量を加減してくれる。