窓際の、役職者だけ固定されている席の野添部長を盗み見ていると、当の部長と目が合った。
 なぜか手招きされ、ぎくりとしながら部長の席まで行く。
 まさか、この場で大食いのことをバラされる……はずはないよね。

「おひよ、神保町のアートギャラリーはひと段落ついたよな? 新しいのをひとつ、お前に任すわ」

 ペラ一枚の資料を渡される。
 資料といっても、ほとんどメモ書きだ。目を走らせながら、みるみるテンションが上がっていく。
 飲食店って書いてある!
 しかも、私も耳にしたことのある老舗高級レストランだ。なんでも、新業態の店舗を展開するという。
 部長は、そのレストランの料理人と個人的な知り合いだそうで、まだどこにも出ていないその情報を仕入れてきたと胸を反らした。

「俺が動くわけにもいかないからな。代わりにおひよがこれ、取ってこい」
「はい! 全身全霊で取ります! 身を捧げます!」

 食べるのは大好きなのに、飲食業への就職はコンプレックスから二の足を踏んでしまった私。
 今の職も好きだし、建築業に足を踏み入れた後悔はない。
 でもやっぱり、好きなものに接することができるなんて無条件にアガる。
 野添部長がたじろぎ、はっとして姿勢を正す。いつのまにか、部長の鼻を齧りそうなほど身を乗り出していた。

「えらい張り切りようだなあ。設計からは(よし)()を出すと言われてる。そっちも、よろしく頼むな」
「吉見?」

 誰だっけ?

「この前来たばかりの、ほら……ああ、いいところに来たわ。吉見!」

 野添部長の視線の先を追ってふり返った私は、げ、と心の内で叫んだ。
 うそでしょ……。
 にこりともしない顔が、吉見一(かず)()と書かれたネームカードを首から下げて近づいてくる。うわぁ。
 先日コンビニで痛い場面を見られた、あの転職男だった。