「はあ……最高のご飯だったよ。私、死ぬ前の最後の食事はこのトーストと目玉焼きが……」

 それまで目を輝かせていた陽彩が、唐突に言葉を切って目を伏せた。 

「ごめん、今のは忘れて。早まったし重かった」

 重い? なにが。
 しかし、俺が返事をする前に陽彩はひとりで会話を終わらせると、そそくさと食器を片付けに立った。
 なんだ?
 俺は焦げたトーストの苦味が残る口内を、コーヒーでごまかしながら思案する。違和感が消えない。
 態度、変わったよな? なんでだ?
 強いていえば、フォローのしようもないくらい、俺の料理がまずかったとかか?
 いろいろと自問するが、心当たりがない。

「ね、このあとどうする? 来週はいよいよ新入社員がやってくるよね。一希の仕事は、今どんな調子?」
「来週、大日とガチンコ勝負」
「広島のやつ? え、やだ、コンペもうすぐだったんだ」

 とたん、陽彩が焦った様子で帰り支度を始めた。

「帰らなくていいのに」
「ダメ。一希は、集中するときはひとりがいいタイプでしょ。大事なときならなおさら、邪魔したくない」

 たしかに、以前はそう思っていた。人付き合いは仕事の邪魔。設計に集中するときにはノイズでしかないと思っていた。
 しかし今は迷う。仕事に集中したいのはたしかだが、陽彩とも離れがたい。
 いつも明るくて感情豊かに変化する表情が、急に精彩を欠いたのも気になった。その理由を言わないことも。
 ささいな変化ではあるが、陽彩はときどきこうなる。
 長く本心を抑えこんできたことと関係があるのだろうか。それとも、気遣いを忘れない性格ゆえか。
 いすれにせよ、俺の前では遠慮してほしくない。
 けっきょく、どこまでも、陽彩に関してだけはつまずきたくないのだ。
 陽彩のいないひとりの食事を、味気ないと思うようになっているのに――そう思ったとき、やっとさっきの言葉の意味に気づいた。