短い桜の季節が今年もあっけなく終わった、翌週半ば。
 私は作成したメールを送信前に確認しながら、それとなく事務所を見回す。
 もちろん、私の先週の失態がどこまで知れ渡ったのか、探りを入れるために。
 数年前に郊外から移ったという新しいオフィスは、オフィスビルの二階と三階に分かれている。
 オレンジと明るい緑、そして白を基調にした内装は開放的な雰囲気だ。
 特にクライアントとのミーティングルームは照明ひとつとっても洒落ていて、さすが設計事務所のプライドという感じ。
 業務スペースも随所にセンスが感じられて、私は気に入っている。
 壁掛けの時計が定時を指したのを合図に、フロアが賑やかになる。
 オフィスは一部の部を除いてフリーアドレスになっていて、鉢植えを囲んで波形に巡らされたワークスペースや、集中したいときに便利な仕切りのついたボックス席など、どこで仕事をしてもいいようになっている。

 フリーアドレスといっても、プロジェクトが進むにつれ、そのメンバーが自然と集まるようになる。
 オフィスを俯瞰して眺めると、プロジェクトごとに島ができているのがなんとなくわかる。
 今日の私はフロア中央、上から見ると雲みたいな形のエリアに陣取ったけれど、隣はおなじ営業第二グループの先輩だ。既婚、年上の奥さんとかわいい赤ちゃん持ち。
 朝、先輩の隣に座ったときはびくびくしたけれど、先週の件が話題になることはなかった。私は胸を撫でおろす。
 今のところ、転職男が私について社内でなにか言った気配はない。
 昨日、野添部長とクライアントを訪問したときも、蕎麦屋でざる一枚きりにした私は思いきり感心された。

『その量で満腹なの? めちゃくちゃ女子って感じだなあ』

 クライアントからの帰り道、私が部長と別れたその足で牛丼屋に駆けこんだなんて、部長は想像もしていないはずだ。