ライスを大盛りで頼んだら、それまで自分を縛っていた枷がすっかり外れた。
 好きな人の前で、大好きなものをお腹いっぱい食べる。夢中で頬張り、笑い、肉を焼く。
 店員が下げる暇もなく積みあがるお皿たち。
 あらかた食べて、幸せなため息とともに顔を上げると、恋人の箸が止まっていた。
 心臓がぎゅっと引き絞られる感覚。
 彼の笑顔は、どこか引きつって見えた。
 デザートのゆずシャーベットを食べる手が止まった。
 彼は目を泳がせたあと、諦めたように、静かに言った。

『なんか……お前と飯食うと、萎える』

 言葉の意味がわからなくて、わたしは目をしばたたいた。
 スプーンに乗せたシャーベットが溶けて、焼肉の皿にぽとりと落ちた。タレにシャーベットがまざるのを、私は呆然と眺めるしかなかった。

『がっついてんの、女って感じがしない。一回そう思ってしまったら、なんかもう無理で。こっちの気分まで下がるっていうか……こいつ、ベッドでもがっついて来んのかなって、ふつうに引いた』

 彼は早口で続けた。

『俺、彼女にそういうのは求めてない』

 ほんとうの自分をさらけ出そう、なんて綺麗事をもっともらしい恋愛論みたく言ったのはどこの誰だろう。
 かわいくもない、ほんとうの自分なんか、見せたら幻滅されるだけ。
 そんなものを見せて愛されるのは、素がかわいい子だけと相場が決まっているのだ。そう学んだ。
 以来、私は大食いであることをひた隠しにしている。
 と、更衣室のドアが開く気配がして、私はエコバッグごとあれやこれやをさっとベンチの下に隠した。
 手元にあるのは、カフェラテのカップだけ。

「お疲れさまです」

 入ってきた先輩女性社員に笑顔でふり向いた。
 絶対に、知られるわけにはいかない。
 さっきの転職男が、あの出まかせを信じていますように。