『言いにくいよね。その棘、放っておくと膿んでくるんじゃないかな。吉見さんは優しそうだし、打ち明けて棘を抜いてもらうのがいいと思うよ』

 またランチしようねと言って電話を切ると、私は大きく息をついた。まさに棘だなぁ。
 でも、里緒と話したらちょっとすっきりしたかも。吉見さんに打ち明ける云々は別として。とりあえず、仕事仕事。
 歩き出した私は、まだ次のアポまで時間があると気づいて道を逸れる。ここからル・ポワンは徒歩で五分とかからない。
 適度に雑然とした、いわゆる「日常」そのものである住宅や小売店が並ぶ一角に足を向ける。
 現場はすでに飛散防止用の安全シートが取り払われ、大仰ではないけれど小洒落た雰囲気の建物が建っていた。

「いい、すごくいい」

 最初に廣瀬さんが話していたコンセプトそのままの外観だ。日常にほっと句読点をつく場所。
 ここでお客さんが食事を楽しむんだと思うと、達成感と高揚感もひとしお。
 今日は内装工事らしい。私は現場責任者に声をかけ、写真を撮らせてもらう。
 あとで吉見さんにも写真を送ろう。彼は現場確認のため、何度も見ているだろうけれど。

「今日はオーナーも来てくださったんですよ、今はそっちの事務所に」

 現場責任者からそう聞き、私は店舗敷地内に仮設された事務所へ向かう。
 廣瀬さんがいるなんてラッキー。契約以来、私自身はほとんどお会いする機会がなかったので、挨拶しよう。

「ご無沙汰しております、鷹取設計事務所の目白で……」

 仮設事務所の引き戸を開け挨拶を口にしかけた私は、そのまま固まってしまった。
 廣瀬さんと話をしていた男性がふり返る。

『萎える』

 あの日の言葉が頭の中でこだまする。
 無地のグレースーツと紺のネクタイをひとつの乱れもなく着こなした、元カレだった。