「違う。陽彩の声聞いたら、無性に会いたくなった」

 胸がきゅうっとなる。ああもう。ずるい。
 顔を見て、そのひと言をもらうだけで、寂しさとか不安とかがすべて押し流されていく。
 それまでいつもどおりだった吉見さんが、ふいに声を甘くほどけさせた。

「ただいま」

 私だけに聞かせてくれる声。
 考えるまもなく、私は吉見さんの腕の中に飛びこんで深く息を吸いこんだ。

「おかえり、吉見さん。私のほうが、会いたかった」




 
 吉見さんは、テーブルにつくなり鼻をうごめかした。

「うまそうな匂い。なに食ったの?」
「んー、作り置き用におかずをいろいろ作った匂いだよ。特には食べてないんだけど、吉見さんの顔を見たら、急にお腹が空いてきた」
「食えよ。陽彩が食わないと心配になる」
「吉見さんも食べる? って言っても、こんなに夜遅くじゃ消化によくないものは……あっ、いいものがあった」

 私は、さっき西京味噌に漬けたばかりの銀鱈を焼きく。
 そうしながらこれも冷蔵庫に常備している、昆布入りの水のペットボトルを出す。
 ひと晩水につけるだけで、昆布出汁ができるから重宝するのだ。水を小鍋であたため、醤油で味をととのえる。
 うん、いい匂い。
 私はよそったご飯に西京焼きを乗せ、あつあつの出し汁をかけて吉見さんの前に置いた。

「どうぞ。西京焼きはまだ味が浅いと思うけれど」
「ご馳走」

 深夜のマンション。ふたり、手を合わせてお茶漬けをすする。吉見さんが「うま」と口元をわずかにほころばせる。
 お腹がじんわりと内側からあたたまって、やっと「食べた」気がするなぁ。ほっとする。

「吉見さんといると、お腹が空いてばかりになっちゃうなぁ」
「それ、いつ変わるの」
「へ?」
「吉見さん、てやつ」

 私はあらぬ方向へ顔を逸らした。
 私だって名前を呼びたい。