お弁当の蓋を開けても、食べているところを誰かが見ていると思うと、箸が進まない。
 男子の笑いがどれも私の大食いを揶揄しているようで、顔を上げられない。
 私は母に頼みこんで、お弁当箱は小さくしてもらった。
 お弁当箱箱を小さいのにしてと叫ぶように訴えると、母はいぶかしげにしたけれど、理由なんて言えなかった。
 楽しくて幸せなはずの「食べる行為」は、この日を境に「隠すべき」「人に見られてはいけない」行為へと変わってしまった。
 それでも、食べること自体は嫌いになれなかったから、一度は勇気を出したのだ。
 大学二年生の夏。
 バイト先の先輩であり、初めて付き合ったひとの前で。
 彼とは遊園地にも行ったし、海にも行った。山にも行った。花火も一緒に見た。
 彼は優しかったし、デートはどれも新鮮でドキドキして、楽しかった。
 ……だけど。
 少食のふりでデートをやり過ごしては、帰宅後に猛然と空腹を満たすことを繰り返して二ヶ月経つと、胸が軋むようになった。
 小さな口で食べる姿もかわいいと言われるたび、虚しさが湧いた。
 恋人が見ている私は、私じゃない。
 ちゃんと私を見てほしかったから、一大決心をした。
 ただ、ひとより食いしん坊というだけで、冬眠前のクマなんかじゃない。
 恋人だから、きっと受け止めてくれるはず。
 私は彼を焼肉デートに誘った。

『食べ放題がいいな』
『いいけど陽彩、そんなに食えなくない?』
『大丈夫』

 煙の匂いが染みついた焼肉屋のテーブルで、こわごわ注文する私を、彼は微笑ましく見ていた。
 きっとぜんぜん違う意味で私が怖気づいていると思っていたんだろう。
 だけどそれも、最初だけ。
 カルビ、ロース、ハラミ。次々と空になる皿。白米の丼をあっという間に平らげ、タッチパッドをせわしなく操作しては追加を頼む。