※当作品の登場人物の秋月について書いた番外編になります。

***

俺は、人を幸せにできる男じゃなかった。

遠距離で続いた恋人と結婚したけれど、同じ屋根の下で暮らせば暮らすほど、すれ違いばかりが積み重なった。

家に帰れば冷たい空気。

仕事に逃げ、会話もなくなった。

悲しいというより、空っぽだった。

そんな時に入ったラウンジで「さくら」に出会った。

お酒も飲めず、無理して笑って、それが健気だった。

嬢として採点すれば、そんないい点ではないと思う。

ただ、俺の心をこの時一番動かしたのはこの子だった。

その姿に、なぜか救われた。

「俺も、まだやり直せるんじゃないか」

そんな気持ちになった。

でも、結局、努力も虚しく修復不可能だと悟った。

しばらくして、職場に他の支店の社員が異動してきた。

顔を見た瞬間息をのんだ。

あの時、ラウンジで出会ったあの子だった。

あの頃と違って少し逞しく見えるが、雰囲気はあの頃とあまり変わらなかった。

偶然だと思ったが、運命のようにも思えた。

そこから、俺は彼女に惹かれていった。

でも、気づいていた。
彼女には誰か大切な人がいると。

ふとした言葉の端々から、それが伝わってきた。

誰なのかはわからない。

ただ、俺が入る余地はないことだけはわかった。

それでも、諦めきれなかった。

彼女を揺さぶってみたくて、意味深なことを言ったり、過去を語ったりもした。

自分の孤独を、彼女に重ねてしまった。

だが、彼女は揺れなかった。

まっすぐ、遠くにいる誰かを見つめていた。

それでも何故か募っていく想い。

俺はその時妻との離婚が成立した。

あっけない最期だった。

もうここにいるべきじゃない。

妻との辛い思い出も、実らない関係も、俺をただ苦しめるだけだった。

未練がましく彼女を見ている自分が、みじめに思えた。

退職の日、彼女の指に光る指輪を見て、心が静かになった。

「藤田さん、幸せになってね」

それが、俺の最後の告白であり、諦めだった。

彼女が笑っているなら、それでいい。

俺はまた、一人で歩き出す。

──fin