※当作品の登場人物の永瀬の生い立ちを書いてみました。
***
男として生まれた私が、自分に違和感を覚えたのは割と早かった。
『男』であることを強要されていた毎日。
自分の性別への違和感を家族に打ち明けられるようになったのは大学時代だっただろうか・・・。
母は受け入れてくれたけど、父は受け止めてくれなかった。
大学生の時は、自分らしくいることを打ち明けても特に人間関係に支障はなかったから純粋に楽しかった時期だった。
でも、男同士の会話で当たり前のように出てくる下ネタが苦痛だった。
社会人になってからは、また「男性」として振る舞う日々が戻ってきた。
飲み会で「女を口説け」と上司に言われるたび、苦しくて仕方なかった。
それでも生活のために、仕事を続けるしかなかった。
前の会社は地獄だった。
上司からはパワハラばかり。
「男のくせに根性がない」「もっとガツガツしろ」と罵倒される。
私の作った企画は横取りされ、成果は一つも認められない。
毎日深夜まで残業させられ、終電を逃し、オフィスで泣いたこともある。
あの頃は「私なんかいなくなった方がいい」と本気で思った。
そんな時、河内さんに出会った。
取引先として会議に現れた彼は、冷静に場を見ていた。
その会議では、いつものように私の企画が上司に横取りされていた。
私が必死に作り上げた資料を、上司が自分の手柄のように発表している。
悔しくて、でも何も言えなくて、ただ俯いているしかなかった。
会議の後、ふと声をかけられた。
「君、あの資料を作ったのは君だろう」
私は驚いて顔を上げた。
誰も認めてくれなかった仕事を、彼は一目で見抜いていた。
その瞬間、堰を切ったように言葉が溢れた。
「何をやっても認めてもらえないんです」
情けなくて、涙が出た。
河内さんは静かに言った。
「君みたいな人材を潰す会社は、こちらから願い下げだ」
「うちに来い。私の下でやれ」
初めてだった。
「男」としてでもなく、「女」としてでもなく、
ただ一人の人間として「必要だ」と言われたのは。
あの日から私の人生は変わった。
河内さんの会社に入り、今は社員として働いている。
外見と心のギャップがなくなったわけじゃない。
けれど、ここではもう「自分を隠さなくてもいい」と思える。
私は私として生きていいんだ、と初めて思えた。
過去を振り返れば苦しいことばかりだった。
でも今は、この人生でよかったと、そう思っている。
私は私として、これからも歩いていく。
河内さんのために働き続ける。
この想いが実らなくても。
* * *
数年が経ち、河内さんに大切な人ができた。
一見普通の女の子。
でも、芯がある。
孤独なあの人が唯一心を開く子。
数年前に突然辞めて、河内さんが突然その日から豹変した。
あの三年間の会社の空気は殺伐としていた。
河内さんがどうなってしまうか不安で仕方なかった。
でも私には何もできない。
あの人を救うことができるのはたった一人。
そして今日、久しぶりにこの子と再会することになった。
カフェでのんびりと過去に思いを馳せていると、一人の女性が近づいてきた。
「永瀬さんお久しぶりです!元気ですか?」
河内さんが宝物のように扱う女の子。
笑顔で近況を話している彼女の指には美しく輝くピンクのダイヤの指輪。
やっと捕まえられたんだね。
またあの優しい河内さんに戻って、少しでも私と話してくれればそれでいいと思える。
この子は河内さん抜きにしてもほっておけないしね。
私の恋は実らなかったけれど、
大切な人が幸せになれたなら、それで十分だ。
私は私として、これからも生きていく。
──fin

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男として生まれた私が、自分に違和感を覚えたのは割と早かった。
『男』であることを強要されていた毎日。
自分の性別への違和感を家族に打ち明けられるようになったのは大学時代だっただろうか・・・。
母は受け入れてくれたけど、父は受け止めてくれなかった。
大学生の時は、自分らしくいることを打ち明けても特に人間関係に支障はなかったから純粋に楽しかった時期だった。
でも、男同士の会話で当たり前のように出てくる下ネタが苦痛だった。
社会人になってからは、また「男性」として振る舞う日々が戻ってきた。
飲み会で「女を口説け」と上司に言われるたび、苦しくて仕方なかった。
それでも生活のために、仕事を続けるしかなかった。
前の会社は地獄だった。
上司からはパワハラばかり。
「男のくせに根性がない」「もっとガツガツしろ」と罵倒される。
私の作った企画は横取りされ、成果は一つも認められない。
毎日深夜まで残業させられ、終電を逃し、オフィスで泣いたこともある。
あの頃は「私なんかいなくなった方がいい」と本気で思った。
そんな時、河内さんに出会った。
取引先として会議に現れた彼は、冷静に場を見ていた。
その会議では、いつものように私の企画が上司に横取りされていた。
私が必死に作り上げた資料を、上司が自分の手柄のように発表している。
悔しくて、でも何も言えなくて、ただ俯いているしかなかった。
会議の後、ふと声をかけられた。
「君、あの資料を作ったのは君だろう」
私は驚いて顔を上げた。
誰も認めてくれなかった仕事を、彼は一目で見抜いていた。
その瞬間、堰を切ったように言葉が溢れた。
「何をやっても認めてもらえないんです」
情けなくて、涙が出た。
河内さんは静かに言った。
「君みたいな人材を潰す会社は、こちらから願い下げだ」
「うちに来い。私の下でやれ」
初めてだった。
「男」としてでもなく、「女」としてでもなく、
ただ一人の人間として「必要だ」と言われたのは。
あの日から私の人生は変わった。
河内さんの会社に入り、今は社員として働いている。
外見と心のギャップがなくなったわけじゃない。
けれど、ここではもう「自分を隠さなくてもいい」と思える。
私は私として生きていいんだ、と初めて思えた。
過去を振り返れば苦しいことばかりだった。
でも今は、この人生でよかったと、そう思っている。
私は私として、これからも歩いていく。
河内さんのために働き続ける。
この想いが実らなくても。
* * *
数年が経ち、河内さんに大切な人ができた。
一見普通の女の子。
でも、芯がある。
孤独なあの人が唯一心を開く子。
数年前に突然辞めて、河内さんが突然その日から豹変した。
あの三年間の会社の空気は殺伐としていた。
河内さんがどうなってしまうか不安で仕方なかった。
でも私には何もできない。
あの人を救うことができるのはたった一人。
そして今日、久しぶりにこの子と再会することになった。
カフェでのんびりと過去に思いを馳せていると、一人の女性が近づいてきた。
「永瀬さんお久しぶりです!元気ですか?」
河内さんが宝物のように扱う女の子。
笑顔で近況を話している彼女の指には美しく輝くピンクのダイヤの指輪。
やっと捕まえられたんだね。
またあの優しい河内さんに戻って、少しでも私と話してくれればそれでいいと思える。
この子は河内さん抜きにしてもほっておけないしね。
私の恋は実らなかったけれど、
大切な人が幸せになれたなら、それで十分だ。
私は私として、これからも生きていく。
──fin



