次の出勤日、私は指輪をつけて会社に行った。

デスクに着く前にまた秋月さんと視線があった。

胸が少しざわついたけど、私の心に迷いはなかった。

何もなかったかのようにまた仕事をする。

そして、お昼休憩に同じグループの先輩達とご飯を食べる。

「あ、秋月さん会社辞めるみたいだよ」

え……?

「えーーー!」

もう一人の先輩が大きな声で不満を言う。

「モチベ下がる!!」

「次の上司変な人だったら凄い嫌なんだけど……」

「何で辞めるんだろうね」

「離婚したから?よくわからないけど」

その時、先輩達の視線が私の指輪に向いた。

「え、藤田さん彼氏いるの!?」

「この指輪雑誌で見た事あるんだけど……」

「凄い羨ましい」

その後色々詮索されたけど、適当に答えた。

私はお昼を食べ終わった後、秋月さんの退職理由が気になって仕方なかった。

でも、聞いてしまうとまた心がざわつくかもしれないから、このままよくわからないままにする事にした。

その時

「藤田さん」

振り返ると秋月さんがいた。

「ちょっと話していい?」

私はゆっくり頷いた。

その後、私達はフロアの片隅で窓の外の景色を見ていた。

「俺、会社辞めるんだ」

「知らなかったのでびっくりしました」

やっぱり辞めるのか……

「妻と離婚が成立した後に、もう辞めようと決めていた。でも、藤田さんが現れた時、かなり迷った」

遠くを見る秋月さんの顔が儚く見えた。

「でもやっぱりここにいると、思い出に縛られるから、決心したんだ」

秋月さんは私の指を見た。

「彼氏と結婚が決まったの?」

「はい。気持ちが固まったんです」

「そうか……」

秋月さんは俯いていた。

「藤田さんの事、ちょっと押してみたけど、全然動かなくて根負けした」

ほんの少し、心が揺らいだのは自分では認めたくないけど、本当だ。

でも河内さんと離れる気は全くなかった。

「次の職場は決まってるんですか?」

「地元の企業で働くよ」

じゃあこの人と会う事はもうない。

「藤田さん、幸せになってね。それが俺からのお願い」

「はい……頑張ります」

私は幸せになりたい。

河内さんと一緒に。

「藤田さんの笑顔もっと見たかったなー。」

秋月さんは私の顔を覗き込んだ。

イタズラな目線。

「俺といると警戒してるからさ」

「すみません」

恋とか関係なくこの人と仲良くなれれば、きっといい関係になれたかもしれない。

「……営業スマイルならいいですよ」

私はラウンジで培った笑顔を秋月さんに見せた。

「ああ、やっぱり"さくら"さんだ。今度指名しよ」

その時二人で笑った。

それは本当の笑顔だった。

出会いと別れを繰り返して、私はだんだんと強くなっていく。

私はもう迷わない。

* * *

その日、河内さんが仕事終わりに車で迎えに来てくれた。

「お仕事大丈夫なんですか?」

「今日は特に予定がなかったから問題ない」

会社の社長が、他の会社の平社員を迎えに来てると考える申し訳なかった。

「あの男とはどうなった?」

河内さんは少し心配そうな表情をしていた。

「しっかり終わらせてきました」

「……そうか」

何か言いたそうだったけど、その後河内さんはこの事については何も言わなかった。

でも、家に帰った後、私を強く求めた。

「優美……愛してる」

「私もです」

私達の心は強く固く結ばれた。

もう二度と解ける事がないように。