謎の言葉を残して秋月さんが去って、私は放心状態だった。

その時、河内さんから着信があった。

「……はい」

「着けたけど、どこにいる?」

「あ!すみません!ぼーっとしてまして……今行きます!」

私は急いで河内さんの車の方に行った。

車の窓から心配そうな顔が見える。

急いで助手席に座った。

「どうした?」

「……ちょっと疲れてしまって」

河内さんは少し不安そうな顔をしたまま運転をしていた。

『恋愛って、結婚する前が一番幸せだと思うよ』

その言葉が頭の中をぐるぐる回る。

私がちょうど河内さんのプロポーズを真剣に考えているタイミングで、そんな事を言われるとまた迷いが生じてしまう。

そして私がラウンジで働いていた事を知っている。

油断できない。

都会の夜景を見ながらぼんやり考えていた。

家に着くと、河内さんが私の方を見た。

「何があった」

流石察しがいい。

「実は……」

私は河内さんに今日の事を話した。

「危険すぎるだろその男……」

河内さんは複雑な表情をして頭を悩ませている。

言わない方がいいと思ったけど、秘密にするのもあとで問題になるような気もしたから言ってしまった。

「本音を言うと今すぐ辞めてほしい」

そう思うのもわかる。

「あまり気にしないようにします。なるべく仕事以外で関わりません」

「向こうが関わろうとしたらどうするんだよ」

何も言えなかった。

あの人は上司……。

「また困った事があったら相談します!」

河内さんは不満そうだ。

「しっかり線引きしろよ……自分で。お前が選んだ道だ」

「はい!」

私はこれ以上余計な事を言われないように、毅然とした態度で仕事をしようと心に決めた。

* * *

次の朝、デスクについた時にふと秋月さんと目があった。

私は直ぐにそれを逸らした。

黙々と仕事をこなした。

お昼休憩の時同じ部署の女性社員達と一緒にご飯を食べていた。

「あ、秋月さん離婚したらしいよ」

え?

「え〜なんで知ってるんですか〜?」

「噂で回ってきたの」

離婚……やっぱりあの言葉はそういう意味だったのか。

「『結婚する前が一番幸せ』って、経験者の言葉だったんだ……」

「今彼女とかいるのかな〜」

「狙ってる子結構いるよね」

モテるんだな……。

「藤田さんはどう思う?秋月さんのこと」

「え…と、まだ入社してそこまで経ってないのでよくわかりません」

「何か情報あったら教えてね!」

「はい…」

とりあえず話を合わせておいた。

噂はあっという間に広まるから怖い。

あの職場にいた時のようにはなりたくない。

* * *

その日は早く仕事が終わったから、急いで帰ろうとした。

その時、エレベーターで秋月さんと一緒になってしまった。

「藤田さんお疲れ様。」

「お疲れ様です」

気まずい沈黙が流れる。

一階についてビルを出た。

「藤田さんはどの方面?」

「えーと、あっちの駅です」

私は自分の向かう駅の方向を指差した。

「俺もそっちだから一緒に行こう」

これを断るのはなかなか難しい。

明らかに避けている風に思われる。

ただ駅に向かうだけなら……。

「はい」

私は秋月さんと駅に向かって歩き出した。