家に帰ってから一気に脱力した。

明日から河内副社長の家で接待…。

憂鬱すぎる。

緊張するし、何を話せばいいかわからない。

何より二人きりで彼の部屋にいなきゃいけない事。

怖い。

私は今まで男の人と付き合ったことがない。

学生時代から今まで、バイトと仕事で恋愛をしている暇がなかった。

ラウンジでは表面だけ繕って何とかなっていたけど、あの人はそうはいかない気がする。

でも……実家の両親を安心させたい。

私も返済生活に疲れた。

もう乗りかかった船だ。

なんとかやってみるしかない。

* * *

次の日、出勤したら、先輩が怒っている。

「藤田さん!昨日のファイルの入力なんでやってなかったの!?」

「すみません……」

その時、フロアに颯爽と河内さんが入ってきた。

「あ……!副社長!」

先輩の目の色が変わった。

河内さんは私の上司の所へ行った。

「藤田さんの仕事ってどのくらいの量振ってるの?」

上司は調べて答えていた。

「その量で残業……?」

今度は私の方に来た。

「普段やってる仕事を全部教えろ」

先輩がやや焦っていた。

「えっと、上長の言う通りです……」

その後彼は先輩の方を見た。

「君……藤田さんに仕事回してたりする?」

「い、いえ!そんな事してません!」

先輩は恐怖で顔が強張っている。

「そう……なら、先輩として、彼女をサポートしてあげて」

「はい……」

先輩は複雑そうな顔をしている。

その後私の横を通り過ぎる時

「これで無駄な時間が減ったな」

謎の笑みで呟いた。

心臓がとびはねた。

その日は先輩は渋々自分の仕事をちゃんとやっていた。

おかげで仕事は早く済んだ。

──そして……

家に帰った後、指示された通りにラウンジで働いていた時に着ていたドレスを着た。

それをコートで隠した。

スマホに届いた河内さんの自宅までの経路。

私は駅から電車に乗って、次は河内さんに指定された駅へ向かった。

駅に着くと、通り過ぎる沢山の人たちの中、河内さんが見えた。

私は急いで駆け寄った。

「お待たせしました!」

「遅い……」

「着替えたりしていたので……」

「そうか」

微かに微笑んでいて、会社で見た時の表情とは違って、別人のようだった。

その後駅前の駐車場に連れていかれ、車に乗った。

車に乗って向かった先は、タワーマンションだった。

こんな場所に入る事なんて一生ないと思っていた。

マンションのエレベーターに二人で乗り、河内さんの部屋のフロアで降りた。

緊張する!!呼吸が浅くなってきた。

部屋の前の重厚なドアを開くと、高級感のある内装に、奥には広々としたリビングが見える。

男の人の部屋に一人で入るのは初めてで、足がすくむ。

「入って」

河内さんに言われるがまま、リビングに行き、ソファに座った。

「コート脱いでそこに掛けていいよ」

心臓がうるさい。

私は深呼吸をして、ラウンジ嬢に戻ったつもりで気持ちを切り替えた。

氷とグラスとウィスキーが机に置かれた。

「お注ぎしましょうか・・・?」

「ああ」

私はウィスキーを注いで、河内さんに渡した。

それを河内さんは一気に飲み干した。

その時彼は私の事をじっと見つめた。

「仕事中と雰囲気が全然違うな…」

「そうですかね?自分では意識した事ありませんが……」

緊張して手が震える。

「怖いのか?」

ヤバい……バレてしまった。

「男の人と二人きりでいる事に不慣れで……」

しかも相手は勤務先の副社長…!!

「……もしかして、男と付き合った事ないのか?」

一番聞かれたくなかった……。

「はい……お恥ずかしい話ですが、ありません」

泣きたかった。

「そうか。俺も女とまともに付き合った事がない」

「え?」

暫く沈黙が流れた。

「意外です……女性には困らない印象なので」

少し安心した。

それは貞操を守れるという意味で。

何の根拠もないけど……。

「あ、お注ぎしますか?」

「いや、もういい」

そのまま何も話すこともなく、ただ二人でソファに座ったまま時間だけが過ぎていった。

何もしないでいるのは楽だけど、気まずい…。

「あの…何時までこちらにいればいいですかね…」

河内さんは複雑そうな顔をしていた。

「悪い。何を話せばいいかわからなくて。退屈にさせたな」

「いえ!むしろ何も話さなくて申し訳ありませんでした…」

私はこれでも嬢をしていたのに、全く仕事モードになっていなかった。

「逆に…私といて、河内副社長は退屈ではないでしょうか…」

「副社長とか言わなくていい。」

河内さんは立ち上がってグラスをもう一つだした。

「飲むか?」

「すみません、お酒が飲めない体質なんです…」

「そうか……」

もう申し訳なさ過ぎて逃げたかった。

「男と付き合ったことがなくて、酒も飲めなくて、あそこで働いていたのか。不思議だ」

「お給料がよかったので……」

ふと見ると、会社ではカリスマオーラ全開だった河内さんは、今は等身大の男の人に見えた。

時計を見ると、終電に近かった。

「すみません、終電を逃してしまうので、今日はこの辺で失礼します」

その時、河内さんが私のすぐ目の前に立った。

びっくりして息が止まった。

「一目惚れだった」

一目惚れ……?

その瞳は深くて吸い込まれそうだった。

「付き合ってほしい」

「え……?」

私はどうすればいいか、何と言えばいいかわからず、そのまま立ち尽くしていた──