「藤田さん、東京に行っても元気でね」

私はここでの仕事の最後の日を迎えた。

会社の人たちが送別会を開いてくれて、この三年間の思い出を振り返っていた。

「藤田さんお酒飲まないの?」

「すみません……アレルギーなんです」

聞かれるたびに申し訳なくなる。

「そうなんだ!私も大豆がダメなの。小さい時よく病院に運ばれたよ」

こうやって寄り添ってもらえると、とても救われる。

私もこういう人間でいようと心に決めた。

「藤田さん、体に気をつけて頑張ってね!」

「本当にお世話になりました。ありがとうございました」

社員の人たちと別れを告げて、外に出た。

この三年間、私を支えてくれた人たち。

みんなに感謝の気持ちでいっぱいだった。

するとスマホに着信があった。

「終わったか」

河内さんだった。

「はい!今終わりました」

「じゃあそこで待っていろ」

私は、明日河内さんの家に引っ越す。

早すぎるかもしれないけど、河内さんは一刻も早く来いと言っていた。

明日のお昼にはもう河内さんの家の住人になる。

少し緊張するけど、楽しみでもある。

待ち合わせ場所で待っていると、河内さんが車で迎えに来てくれた。

「お疲れ様でした」

「ああ」

河内さんは心なしか嬉しそうだった。

「あの……家の前で降ろしてくれればそれでいいので」

「いや、中を見たい」

河内さんは私の生活を見てみたいようで。

私は仕方なく、段ボールまみれの部屋に河内さんを上げた。

二階建てアパートの一階。

決して広くはないけれど、三年間私を守ってくれた大切な場所だった。

「三年間ここで一人で暮らしていたのか」

河内さんは部屋を見渡して呟いた。

「はい。ここは雪があまり降らない場所で助かりました」

「そうか……」

河内さんは少し複雑そうな表情をした。

「あの時は凄い雪だったな」

あの時。

大雪の中、二人で古い温泉旅館に泊まった夜。

河内さんに「一緒にどこかで暮らさないか」と突然言われた夜。

あの時の私は、その意味がよくわからなくて、戸惑うばかりだった。

でも今なら、河内さんの気持ちがわかる。

「結局、河内さんの家に住むことになりましたね」

「結果的に俺の願いは叶った訳だ」

河内さんは少し微笑んだ。

今日が北海道で最後の夜。

私の大切な思い出の地。

「また来たいです。ここに」

「そうだな」

河内さんは頷いた。

「新婚旅行は北海道にするか」

え?

「ちょっと待ってください、いきなりそんなこと言うとびっくりするじゃないですか!」

顔が一気に熱くなった。

「いきなり……?もう今更余計なことを考えるな」

河内さんは真剣な表情で私を見つめた。

「覚悟を決めてくるんだろう?」

その瞳に、私の心臓が高鳴る。

確かに私は覚悟を決めて戻る。

河内さんと一緒に生きていく覚悟を。

「はい。もちろん、ちゃんと考えてますよ」

心の準備がまだ完全にはできていないというだけで。

「あの、もうホテルに行って休みませんか?早朝に引っ越しのトラック来ますし」

「そうだな」

私は玄関で靴を履いた。

この部屋ともお別れ。

三年間、ありがとう。

「優美」

振り返ると、河内さんが真剣な顔で私を見つめていた。

「はい?なんですか?」

河内さんは一歩私に近づいた。

「結婚しよう」