数日後、河内さんが北海道に来てくれた。

この日私は河内さんをある所に連れて行こうとしていた。

そしてそれを前もって伝えていた。

ホテルのロビーで待っていると、スーツを着た河内さんが来た。

手には見覚えのある紙袋を持っている。

「優美」

河内さんは私に紙袋を差し出した。

「持ってきた」

中を覗くと、淡いピンクの着物が入っていた。

あの時河内さんが買ってくれた、思い出の着物。

「着てくれ」

河内さんの目は真剣だった。

「……はい。自分で着付けします」

私は紙袋を受け取った。

* * *

客室で一人、鏡の前に立った。

丁寧に着物を着付け、帯を締める。

三年間の積み重ねが、迷いを消し去っていく。

あの時は手伝ってもらわなければ着られなかった着物も、今では一人でちゃんと着ることができる。

「お待たせしました。」

扉を開けると、既に着物に着替えた河内さんが短く息を呑んだ。

「……あの頃と少し変わったな」

その一言で、背筋がすっと伸びた。

三年前と変わらない、河内さんの優しい瞳。

「行きましょう」

私は自然に微笑むことができた。

* * *

茶道教室の引き戸を開ける。

先生がこちらを見て、やわらかく微笑んだ。

「藤田さん。素敵な方とお知り合いなのね」

河内さんは私の背にそっと手を添えた。

「宜しくお願いします」

私たちは席に着いた。

私は畳に膝をつき、袱紗をさばいて茶道具を清めた。

茶杓を置く音が、静けさに響く。

手は、もう震えない。

あの時は当たり前の事すら何もわかってなかった。

茶碗をそっと差し出すと、河内さんが両手で受けた。

河内さんは一口飲んで、少し沈黙した。

次の瞬間、低い声で言った。

「……ちゃんと続けてたんだな」

「はい」

これが私なりに河内さんとの絆を保つ方法だった。

「もし次会えた時、驚かせたかったので」

少し恥ずかしくなってしまった。

「正解だったな」

河内さんの目の奥は暖かかった。

先生が頷いた。

「藤田さんは本当に頑張られました」

胸の奥がじんと熱くなる。

私は深く頭を下げた。

* * *

お稽古が終わった後、私は先生に伝えた。

「先生、近々引っ越すことになりました。長い間、本当にお世話になりました」

「寂しくなるけれど……」

先生の声は変わらず穏やかで、やさしかった。

「またいつでも帰ってきてくださいね。あなたはここの大切な生徒さんですから」

「はい!」

廊下に出ると、河内さんが待っていた。

戸が静かに閉まる音。

その後二人で帰り道をゆっくりと歩いていた。

「優美」

呼ばれて、足が止まった。

「逞しくなったな」

「はい!もっと強くなりたくて」

ふと視線があった時、周囲に誰もいない事を確認したあと、私たちはこっそりキスをした。