「申し訳ありません、家庭の事情で、今月いっぱいで退職します」

私は上司に頭を下げた。

上司は難しい表情をしていた。

「藤田さんはとても良く頑張ってくれて、とても支えられていたから残念だよ」

「いえ……私の方がここの職場に救われていたんです」

河内さんと離れた三年間、なんとかやってこられたのも、この職場の人たちのおかげだ。

「実家に帰るの……?」

「いえ……別のところに」

「次の職場は決まってるの?」

「いえ、まだです。これから探そうと思ってます。」

「どこか教えてくれれば、うちの会社の別の支店が近くにあるか調べてあげるよ。そしたら辞めなくてすむからね。」

優しい……!

ここに就職できて本当によかった。

私はその後場所を教えて、上司が調べたところ、運よく通勤圏内に別支店があった。

「じゃあ、人事に言っておくよ」

「ありがとうございます……」

涙があふれそうになった。

「じゃあ、それまでまた宜しくね」

悩んでいた就職先問題は解決した。

私はその後は通常業務をいつも通りにこなしていた。

* * *

仕事が終わった後スマホを見たらすごい通知の数だった。

全部河内さんだった。

とりあえず折り返し電話をかけた。

通話がつながった瞬間

「なんで電話にでなかった」

いきなり三年前に戻ったかのようだった。

「仕事をしていたんです」

「仕事しててもスマホぐらい見られるだろう」

「接客なんでできません」

主に事務所に来たお客様対応が多かったから、なかなか見られなかった。

「接客……?」

「はい……不動産会社の事務をやってまして」

「そうか……」

河内さんが頭の中でもやもやしているのがなんとなくわかる。

「……ところでいつ引っ越してくるんだ」

「異動が決まり次第引っ越し準備をします」

「異動……また働くのか……。うちの会社に戻らないのか?」

「戻りません。同じ轍は踏みたくないので」

「……わかった」

本当は仕事中も側にいてほしいと思ってるのも伝わる。

「でも俺はそんなに長くは待てない」

私は再会した日から色々考えて、河内さんの元に帰ることを決めた。

でもあの会社に戻る気はなかった。

だから、せめて一緒に暮らそうと思った。

でも、ただ一緒に住むんじゃなくて、私はちゃんと自分の足で立ちたかった。

なぜならまだ借金を返し切れていないのと、ただ甘やかされているのは性に合わないからだ。

「今度またそっちに行く」

「え、また来てくれるんですか?」

じゃあその時は──

私は河内さんをあの場所に連れて行こうとした。