定時まで、あと3時間。

でも、私の机の上にはまだ山のような仕事が残っている。

「藤田さん、この資料も今日中にお願いします」

また先輩が仕事を押し付けて帰る。

私は断ることができなかった。

『俺専属の嬢になって欲しい。』

昨日突然言われた河内さんからの取引条件。

なかなか答えを出せない。

時計を見る。もう21時を回っていた。

フロアにはもうほとんど人がいない。

私一人が残って、パソコンに向かっている。

その時、足音が聞こえた。

振り返ると──

河内さんが立っていた。

「まだ仕事をしているのか」

「あ、はい...」

今日までに返事をするように言われてたんだ。

今日ってあと3時間……

「返事はどうする?」

どうしよう……

「あの...お聞きしたいことがあって」

「何だ?」

副社長は私の隣に来て、椅子に座った。

距離が近い。緊張して身体が強張る。

「専属の嬢ってのは、お酒を作ったり、お話をしたり...ですか?」

「そうだ」

でも、それだけじゃないような気がする。

「それ以外は...?」

副社長は私をじっと見つめた。

「それは君次第だ」

何それ、不安すぎる!

「断ったら...クビになりますか?」

「どうだろうな」

彼は謎めいた笑みを浮かべている。

怖い……

「お家に行くのは...どのくらいの頻度ですか?」

「明日から毎日だ」

「明日!?」

「仕事が終わったら、俺の家に来る。それが条件だ」

毎日って...仕事終わってから…?

私の休む暇は??

「自信ないです...」

私は俯いた。

「何が?」

「仕事をしながら毎日河内さんの家に行って、接待をするのは……」

「なら住むか?」

住む!?

「いえ、それは遠慮します!!」

この人距離の詰め方が変!

「じゃあ……土日と、あとは来れる余裕がある時だけでいい」

それだったら何とか……

「わかりました。お受けします。ただ……」

「なんだ?」

私は勇気を出して河内さんの目を見た。

「それ以外はしません!」

彼は少し驚いた顔をしたが、冷静な表情になった。

「わかった。じゃあ住所を後で送る」

河内さんはその後帰ろうときた時、

「もう今日は仕事上がれ。俺が明日どうにかするから」

「え、それは、でも……」

睨まれた。

「命令だ」

「は、はい!」

私は急いで支度をした。

「ついてきて」

河内さんはエレベーターの方に行って、私もついて行った。

エレベーターで地下へ。

地下は駐車場……

地下駐車場に着いて、そのままついていくと、河内さんは高級車に乗った。

さすが副社長……

「乗って」

私は恐る恐る助手席に座った。

「駅まで送る」

「……ありがとうございます」

副業を見逃してもらう代わりに、取引に応じたわけだけど……

何故こんな特別扱いをされてるんだろう。

「あの、なんで私の借金を肩代わりしてくれようとするんですか?」

河内さんの横顔を見ると少し笑んだ。

「君を誰にも触れさせたくないから」

びっくりして胸が跳ねた。

それはどう解釈すればいいんだろう。

そのまま何も言えないまま、駅に着いた。

「ありがとうございました……」

「明日来い」

窓から最後にそれを言われ、河内さんは車で去って行った。

『君を誰にも触れさせたくないから』

その言葉の真意はわからないけど、胸の高鳴りが止まらなかった。