社長室に呼ばれたのは、北海道出張の数日前だった。

重い扉を開けると、父はデスクの上の"何か"を眺めている。

机の上に一枚の写真が置かれている。

ラウンジで優美と向かい合って座る俺の姿。

この写真を撮ったのは……撮らせたのはこの人だ。

確信した。

「これはどういうことだ」

父の低い声に、俺は迷わず答えた。

「……真剣に付き合っています」

「真剣に、だと?」

父の眉がピクリと動く。

「借金を抱え、夜の店で働く女だぞ。お前はそれを承知で付き合っているのか」

「承知しています」

父の表情がさらに険しくなった。

「お前は副社長だ。そして将来この会社を背負う立場にある。そんな女と結婚などとなれば、株主や取引先にどう思われるか分からないのか」

結婚……

その言葉に胸がざわついた。

まだ優美とそこまで話していない。

まだ俺たちはやっと恋人として歩み始めたばかりのようなものだ。

「よく考えろ。会社のことを第一に考えるのがお前の立場だ」

それ以上何も言えなかった。

父の前では、いつも子供の頃に戻ってしまう。

悔しさだけが胸に残った。

* * *

北海道出張。

予想外の大雪で、古い温泉旅館に泊まることになった。

優美と二人きりの部屋。

普通なら嬉しいはずなのに、父の言葉が頭から離れない。

『よく考えろ』

考えている。

ずっと考えている。

でも答えは変わらない。

俺にとって一番大切なのは優美だ。

会社も、跡継ぎという立場も、優美の前では色褪せて見える。

いっそ全部捨てて、優美と二人でどこか遠くに……

気づけば口に出していた。

「優美、二人でどこかで暮らさないか」

優美の驚いた顔を見て、我に返る。

こんなことを言ってしまうとは。

「……冗談だ」

慌ててごまかした。

冗談、じゃない。

でも今の俺には、それが精一杯だった。

* * *

出張から戻った数日後。

俺が会議で外出している間に、優美が父に呼ばれたと父の秘書から聞いた。

血の気が引いた。

あの人と一人で戦わせてしまった。

俺は何をやっているんだ。

守ると言ったのに。

その日の夕方、社長室を訪れた。

「父さん、優美に何を言ったんですか」

「あの女のことか。なかなか面白い女だったな」

面白い?

「彼女はこう言った。『副社長の将来を決めるのは彼自身です。そして私の将来も私が決めます』とな」

その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。

俺が父の前で言えなかった言葉を、優美は迷わず口にした。

一人で父と向き合って。

「強くなったな、優美……」

心の中でつぶやいた。

なら俺も、もう迷わない。

俺は父を見据えて言った。

「父さん、俺は彼女との関係を終わらせるつもりはないです」

「何だと?」

「会社がどうなろうと、俺の気持ちは変わりません」

父の顔が怒りで歪んだ。

もう後戻りはできない。

俺が守ると決めた。

この関係を、誰にも絶対に壊させはしない。