翌週、出張で向かった北海道は、予想以上の大雪だった。

「こんな天気になるなんて...」

空港のロビーで、私は不安そうに外を見つめていた。

外は一面真っ白だ。

河内さんはスマホで何かを確認していたけれど、いつもと様子が違う。

今朝からなんとなくおかしかった。

「河内さん、大丈夫ですか?」

「……ああ」

やっぱりいつもと違う。

案内板を見ると、「運休」「欠航」の文字が並んでいる。

「これじゃあ、他の交通機関も麻痺してますよね..」

「車を借りる」

河内さんはそう言って立ち上がった。

「え?こんな大雪なのに行くんですか?」

「他に方法がないだろう」

レンタカーカウンターに向かう河内さんの背中を見ながら、私は首をかしげた。

なんだろう、この違和感...

* * *

レンタカーに乗り込むと、外の雪はさらに激しくなっていた。

「大丈夫でしょうか...こんな雪の中」

「なんとかなる」

普段なら運転中も仕事の話をしたり、私の体調を気にかけたりするのに、今日は黙ったまま。

「河内さん...何か心配事でもあるんですか?」

「......何でもない」

でも、ハンドルを握る手に力が入ってるのが分かった。

私は助手席で小さくなりながら、河内さんの横顔をちらちら見ていた。

いつもより険しい表情をしている。

出張の件で何か問題でもあったのかな...

その時、前方に赤いランプが見えた。

「あ...」

道路に警察官が立っていて、手を上げて車を止めようとしている。

「申し訳ございません。この先通行止めになってます」

警察官が窓越しに説明してくれた。

「雪崩の危険があるため、復旧のめどは立っておりません。今夜は近くの宿泊施設をご利用ください」

河内さんは黙って頷いた。

「近くに宿はあるんですか?」

私が尋ねると、警察官は苦笑いを浮かべた。

「実は...今日は他の観光客の方々も同じ状況でして。大きなホテルはすべて満室なんです。古い温泉旅館が一軒だけ空いてると思うんですが...」

地図を見せながら説明してくれた場所は、ここから車で20分ほどの場所にある小さな旅館だった。

「そこしかないのか...」

河内さんは渋い顔をしている。

「仕方ないですね……車中泊する訳にもいきませんし、そこに泊まりましょう!」

車をUターンさせながら、河内さんはポツリと言った。

「むしろ...こういうのも悪くないかもしれない」

え?

いつもの河内さんなら、予定が狂うことを嫌がりそうなのに。

やっぱり今日は何かが違う...

* * *

目的地には、確かに古びた温泉旅館だった。

建物は年季が入っているけれど、手入れが行き届いていて風情がある。

「思ったより...素敵でところですね」

私がそう言うと、河内さんは少し穏やかな表情をした。

「そうだな」

玄関で靴を脱いで中に入ると、温泉の香りがした。

「いらっしゃいませ」

女将さんが出迎えてくれた。60代くらいの、優しそうな人だった。

「今日は大変でしたね。お部屋はお二人でよろしいですか?」

「あ、いえ...別々で」

私が慌てて言うと、女将さんは困った顔をした。

「申し訳ございません。今日は他のお客様もいらしてまして...空いてるお部屋が和室一間だけなんです」

河内さんと私は顔を見合わせた。

「布団は二組ご用意いたします。ご不便をおかけしますが...」

「それで構いません」

河内さんがきっぱりと答えた。

私の心臓が跳ねた。

一部屋...二人きり...