朝起きると雨が降っていた。

雨の日の出勤は憂鬱。

「雨だな」

「困りましたね〜」

二人で迎える朝はどんな天気でも平和だ。

「一緒に車で行くんだから関係ないだろ」

「いえ、私は電車で行きます」

「なんでだよ……」

また河内さんが落ち込んでしまった。

「特別扱いされるのはもう嫌なんです」

「俺たちは恋人だろ。特別だ」

河内さんの目に迷いはない。

「でも仕事では特別扱いはだめですよ」

裏秘書みたいな状態だけど、もうコソコソするのも罪悪感があって嫌だった。

「じゃあお前は今日雨の中電車で行くのか?」

「はい」

呆れて先に準備をして、河内さんは行ってしまった。

そして……ついにきてしまったこの時が──

「藤田さん、結局"企画開発部"って何?藤田さんしか配属されてないんでしょ?本当は副社長に囲われてるんでしょ?」

前の部署の先輩に公然と質問されてしまった。

昼休憩中だったから、前の上司もいないし、社員もまばら。

でも見られている……。

「どんな事したら、そんないい仕事ができるの?羨ましい。何もしてなくても給料もらえて」

"何もしてない"……?

この人だけには言われたくなかった。

「私はやってます仕事を。この部署にいた時、あなたに仕事を押し付けられてもやってました」

私は前を向いた。

「私は今もちゃんと自分のやるべき事をやってます!ちゃんと副社長の秘書業務をやってます!」

………言ってしまった。

勢い余って……

「秘書……!?」

フロアがざわついた。

まずい……これは……

「……やっぱり副社長と仲良しなんじゃない。でもあの人、秘書と昔トラブルがあって、もう秘書を置かないって聞いてたけど?」

え……?

私の唖然とした顔に、クスッと先輩は笑った。

「勘違いしない方がいいわよ」

……そんなトラブルがあったの?

寝耳に水だ。


でも──

「勘違いはしてません!」

私の隣には永瀬さんがいる。

昼休み中に会いにきてくれた。

「最近二人がどうなったか気になって来たのに、どうしたの?」

「前の部署の先輩に、河内さんが昔秘書とトラブルがあったって言ってて」

「あーなんかあったかも。あまり知らないけど」

胸がザワザワして、嫌な感情が渦巻く。

「でも、ちゃんとまだ恋人なんだね。安心した」

「私も永瀬さんと話せて、気持ちが楽になりした」

私達の関係を唯一ちゃんと知っている人。

「わからない事は本人に聞きなよ。考えてても仕方ないし」

「うーん」

まあなんか、それを聞いたからといって、特に今の関係が変わるとは思わないけど……

「ストレス発散したいです!」

「あーじゃあ仕事終わったらカラオケいこう!」

永瀬さんがのってくれた。

そして、仕事が終わった後、カラオケで二人でたくさん歌って笑ってスッキリして出てきた。

「永瀬さんありがとうございます!」

永瀬さんの表情が固まった。

嫌な予感がした。

振り返ると……また河内さん。

「何をしているんだお前らは」

「なんで突然いつも現れるんですか!!」

河内さんは永瀬さんの方に行った。

「優美に何もしてないよな?」

「あの子のあの様子で何かあったと思う?」

永瀬さんはやや呆れている。

二人ともお酒を飲んでフラフラした私を見ている。

「飲めないんだろお前!?」

「ストレス発散したくて飲んじゃったんです。なんか体痒いです!」

私は河内さんに連れて行かれた。

河内さんのベッドで横になった。

「何かあったのか?」

「……前の秘書の方と何かあったんですか?」

河内さんは少し驚いた後、冷静な表情になった。

「ああ。恋愛感情を持たれていて、強く迫られて、ややストーカー気味になって、秘書をやめさせた。」

そんな事があったんだ……。

「それは大変でしたね……」

河内さんに睨まれた。

「誰から聞いた」

「前の部署の先輩です……。秘書の仕事してるっていってしまって、そしたらそれを言われました」

河内さんはため息をついた。

「わざわざ"企画開発部"を作った意味がない」

「そんな事ないです!今は何か言われても言い返せますけど、あの時は無理でした……」

私はあの時からだいぶ変わったと思う。

「逞しくなったな。もう秘書と言ってしまった以上、堂々としてろ。お前はちゃんと仕事をしてる」

「……私役に立ってます?」

河内さんの目の色が変わった。

何……?

「優美が一生懸命仕事する姿に俺はやる気をもらえる。と同時に……崩したくなる。」

「崩す……?」

怪しげな瞳が私を捉える。

「俺にしか見せない表情を見たくなる」

服のボタンが外されていった。

「河内さん、私……」

「なんだ」

「全身痒いんです……」

アルコールアレルギーのせいで全身蕁麻疹が出ていた。

「一生飲むな……」

悔しそうな河内さんを見て、申し訳なかった。

暫く落ち着くまで二人で夜景を見ていた。

「あ、言うのを忘れていた。今度出張で遠くに行く。優美にも同行してほしい」

「え、私も?」

「ああ」

出張に同行!

私は期待してワクワクしていた。

あんな事が起こるとも知らずに……