まさか河内さんがここにまた来るとは思わなかった……。

思わず目を逸らしてしまった。

そして、ゆっくり隣に座った。

「なんでここにいる」

いつもに増して低音な声だった。

「早く借金を返そうと思いまして……」

気まずい沈黙が流れた。

「俺とそんなに別れたいのか?」

そういうわけじゃない。

だけど、不釣り合いで、将来が見えないこの関係が苦しい。

「私はただ借金をちゃんと返したいんです。せめて普通のOLになりたいんです」

この人に守られるだけじゃなく、自分でどうにかしたいんだ。

じゃないと対等じゃない。

「頑固だな……」

河内さんは呆れていた。

「じゃあ……好きにすればいい。だが……」

怪しげな瞳をしている。

「俺の専属にする」

「え!?」

それじゃ……退職する意味がなくなる!

どうしよう、ここをやめようかな……。

でも出戻ったばかりだし、この人なら次の店も来て同じ事をしそう……。

結局どこに行っても追いかけてくるかもしれない。

「なんでこんな何も持たない女に執着するんですか……?」

河内さんに睨まれた。

私は蛇に睨まれた蛙になった。

「逃げるからだ。それに……」

河内さんの手が私の手に触れた。

「本気で好きになったからだよ」

──涙が溢れそうになったのを必死に堪えた。

「お前も俺を好きだと言っただろ。あれは嘘だったのか?」

何で離れたいのに引き寄せられてしまうのだろう。

「嘘じゃないですよ」

「じゃあ戻ってこい」

「無理です」

「は?」

「出戻ったばかりで直ぐに辞められません。お店に迷惑かけたくないです。あと借金はちゃんと返したいんです」

河内さんから戸惑いと怒りを感じる。

「堂々巡りだな……ならわからせてやる」

河内さんは立ち上がった。

「俺から逃げられない事を」

河内さんはそう言い残して去っていった。

それはどういう意味……?

不安が広がった。

* * *

翌日──

「副社長、こちら確認して頂きたいのですが」

私は資料を提出した。

「ああ。これでいい」

「それと……辞表はいつ受理されるのでしょうか……」

「そんな物は知らない」

この人は……


私は次の日もまた辞表を提出した。

河内さんは受け取るけど、次の日にはそれはなかった事になる。

「もう退職代行に頼もうかな……」

デスクで悩んだ。

でも、それは嫌だった。

仕事を投げ出したようで。

仕事を辞めるなら、最後までちゃんとやり遂げたい。

私は何とか受理されるまで粘る事にした。


──そして夜

ラウンジで客につく。

「さくらさん、指名です」

指名……

嫌な予感しかしない。

恐る恐る卓に行ったら、佐久間さんがいた。

「さくらさん、こんばんは」

穏やかな笑顔だった。

「また来てくれたんですね。ご指名ありがとうございます」

「うん。また会いたいって思ってたから」

う、嬉しい……!

この仕事やってて初めてやり甲斐を感じた。

「お仕事今もお忙しいんですか?」

「残業がない方が珍しいね……」

そんな合間を縫って来てくれたのか……。

その後、他愛もない会話を佐久間さんとしている時間は、穏やかな気持ちでいられた。

黒服が近寄って来た。

「さくらさん、ご指名です。」

う……。

もう次は確定だ。

「すみません、少し席を外します……」

「うん。待ってる」

優しい顔だった。

ラウンジを見渡す限り、どこにも"その人"らしき人はいない。

「VIPルームの方です」

黒服が言った。

「え!?」

連れていかれた先には……

VIPルームで堂々と座っている河内さんがいた──