仕事休みの日。

朝から河内さんの家に行き、動画を見ながら自分で着物を着てみた。

「いかがでしょう?」

着物姿の河内さんは首を傾け、着付けを直してくれた。

(えり)はもう少し抜いたほうがいい」

ち、近い……!

衿周りや帯を整えてくれたけど、その距離感にクラクラした。

その後、茶道に必要な物を渡され、車で目的地へ。

行き先は立派なホテルだった。

「こんなところでやるんですか!?」

「ホテルに茶室があってそこでやっている」

予想していた古民家などではなく、華やかな場に気圧される。

エレベーターを降りると、着物の女性たちが集まっていて、一斉にこちらを見た。

「河内さん!」

河内さんは女性達に取り囲まれた。

「また会えるなんて嬉しいです!」

「河内さんに直接お稽古して欲しいです!」

輪の外に立つ私は、居場所をなくして立ち尽くしていた。

──その時、一人の女の人が近づいてきた。

とても美人で高そうな着物を着ていて、良家のお嬢様、といった雰囲気の人だった。

「あなた、河内さんの知り合い?どういったご関係?」

これは正直に言うと角が立つパターン……?

「同じ会社の者です」

間違ってはいない。

「河内さんに直接誘って頂けるなんて、特別なご関係なのかしら……?」

そこへ——

「優美、どうした?」

河内さんが来た。

その女の人は河内さんに会釈をした。

「お久しぶりですね、河内さん」

短い挨拶が交わされ、すぐに先生らしき人が現れた。

「河内さん、今日お稽古をさせたいお嬢様はこの方?」

優しさの中に芯があるような女性だった。

「そうです。先生に教えて頂きたい」

「藤田優美です!宜しくお願いします」

私は深々とお辞儀をした。

「藤田さん、初めまして。ではまず他の方と一緒にお稽古に参加して、雰囲気を見てみて下さい」

初茶道デビューに気が引き締まった。

* * *

お稽古が始まり、生徒さん達が次々茶室に入っていく中、見様見真似で私も入ると、さっきの女の人にクスッと笑われた。

「畳の縁は歩いてはいけないのよ。」

恥ずかしい…!!

周りの人達が当たり前のようにするお作法が全くわからず、あたふたしてるのを見て、河内さんは顔を隠して笑っていた。

「藤田さん、最初は皆わからなくて当然だから、気にしないでいいのよ」

先生の柔らかな声が救いだった。

私は曲がりなりにもなんとか最後までやりきった。

* * *

一通りお稽古が終わり、ロビーで深呼吸をしていた。

帯が苦しい……!

さきほどの女性がまた近づいてきた。

なんとなく身構えてしまう。

「藤田さん……だったかしら。河内さんとはかなり親密な仲なのね。見ててなんとなくわかったわ」

その人は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「ご存じかしら。河内さんは社長のご子息。あの家では代々、結婚も“家のため”に決められるの」

「え……?」

河内さんが社長の息子なのは知っている。
でもその事は知らなかった。

「私自身もそう。好きでもない人と結婚する運命なの。……だからこそ思うの。河内さんも、いずれは家のためにそうなるのかもしれない」

嫌な汗が体をつたった。

「あなたがどれほど大切にされていても……続けるのはきっと簡単じゃない。覚悟しておいた方がいいわ。……簡単には結ばれない関係だって」

そう言って、静かに去って行った。

世襲、政略結婚——。

やっと河内さんと向き合おうとしたのに、現実を突きつけられた私は、それを受け止めきれなかった。