その日、仕事が終わった後、私は河内さんの家に行った。

そして河内さんが買ってくれたドレスを着てウィスキーを注いでいた。

それをじっと河内さんは眺めていた。

「なんでしょうか?」

「前から思っていたが、酒を注ぐ所作がいい。お前は茶道に向いているかもしれない」

「え!そうですかね。ラウンジの先輩に言われた通りにやっていただけですが」

河内さんはウィスキーを飲んだ。

「客にもてなすことは相手への敬意が必要だからな」

なるほど……

「そうだ、優美に渡したいものがある」

河内さんは立ち上がって別室に行った後、大きな箱のようなものを持ってきた。

「これは何ですか?」

河内さんがそれを開けると、その中にはとても綺麗な着物が入っていた。

淡いピンク色の着物だった。

「茶道教室に行く時にそれを着ていけ」

「わー!ありがとうございます!楽しみです!」

一気にやる気が出てきた。

河内さんは嬉しそうに微笑んだ。

「出張中、ずっとお前のことを考えていた」

急に真剣な表情になった河内さん。

「会えない時間が、こんなに長く感じるとは思わなかった」

そっと私の手を取る。

「優美……」

私の心臓が早鐘を打ち始めた。

河内さんがゆっくりと距離を詰めてくる。

「会えなかった時間を埋めたい」

私はそっとソファに導かれた。

緊張して心臓が激しく動き出した。

河内さんの顔がゆっくり近づいてきて、私たちの唇が重なった。

何度も何度も。

河内さんの唇は柔らかくて、だんだんと体が熱くなってきた。

河内さんの手が私の頬を撫で、首筋に触れた。

そして——

その時、河内さんの手が私の胸に触れた。

びっくりして思わず手を掴んでしまった。

「あ……」

河内さんは我に返ったように手を止めた。

「悪かった……いきなりだったな……」

河内さんは立ち上がった。

「送っていく」

玄関の方に向かう彼の背中は、寂しげで……

思わず後ろから抱きしめた。

「どうした?」

「ごめんなさい。臆病で」

暫く河内さんは沈黙していた。

「焦らなくていい」

「でも!河内さんの気持ちに応えられなくて……」

「俺は待つから」

振り返った河内さんの表情は優しかった。

河内さんはゆっくり私に手を伸ばして、私をそっと抱き寄せた。

「俺のこと、好きか?」

「はい……好きです」

「じゃあ、それでいい。俺はお前を急かしたりしない」

「ありがとうございます……」

河内さんの優しさに涙が出そうになった。

その後、河内さんはタクシーを呼んでくれた。

「優美、おやすみ」

そう言って、タクシーは進んだ。

河内さんの気持ちに応えることができなくて、胸が痛んだ。

でも同時に、この人の優しさに包まれている安心感もあった。

駅でタクシーから降りて、歩いていると、ふと誰かに見られている気がした。

振り返ってみても、夜の駅前に人影は見えない。

でも確かに、視線を感じた。

──少し胸がざわついた。