河内さんのおかげで田中さんの一件がようやく落ち着いて、重荷が少し軽くなった。

それでも心の奥には、別の不安が残っていた。

このまま河内さんに守られて、借金まで肩代わりされてしまったら……。

私は、完全にこの人に依存してしまう。

それだけは避けたかった。

私は朝、副社長室に入る前に深呼吸をした。

よし!

「副社長!おはようございます!」

河内さんはパソコンに向かってメールを打っていた。

「おはよう。元気だな」

仕事モードの河内さん。

「河内さん、ご相談があります」

「なんだ?」

「やっぱり、借金は自分で返済したいです。ご好意は本当に嬉しいんですけど……お気持ちだけ、受け取らせてください」

勇気を振り絞って言葉にした瞬間、河内さんの気持ちを考えると胸が苦しくなった。

自分でも、それが強がりに過ぎないことはわかっていた。

「……わかった」

河内さんは立ち上がった。

「ちょっと用事があるから出る。あとは宜しく」

バタンと部屋のドアが閉まった。

え……それだけ??

予想外の反応に戸惑った。

怒らせてしまったのでは……そんな不安がよぎる。

けれど、ただ守られるだけなのは嫌だった。

とにかく今与えられた仕事をこなしつつ、今後どう返済していくか考えなければ――そう思っていた。

* * *

夕方、河内さんが戻ってきた。

表情が読めない。

「お……お疲れ様です」

なんとなく気まずい空気が流れる。

「あの……河内さん、気分を害してしまっていたら申し訳ありません」

河内さんはデスクに座り、鞄から封筒を取り出した。

厚い紙の感触と、朱色の銀行印がやけに目に刺さる。

「これ」

机に置かれた書類に視線が釘付けになった。

「え?これは……?」

「債権譲渡契約書だ」

現実を突きつけるその言葉に息が詰まる。

「君の借金は、俺のものになった」

「えっ……!?」

思わず椅子から立ち上がってしまった。

「そんな……私、何も同意してません!」

「債務者の同意は必要ない。法律でそうなっている」

それってつまり――。

「藤田、これからは俺に借金を返せばいい」

「返すって……給与から天引きですか……?」

河内さんは一歩、私に近づいた。

その瞳は、深い謎を秘めていた。

「金じゃなくていい。時間が欲しい」

「時間……?」

「俺とお前が一緒にいる時間」

河内さんはまるで、私をすでに手に入れているかのような表情だった。

「あの……返済期間はどのくらいになりますか……?」

彼はわずかに口元を緩め、謎めいた笑みを浮かべた。

「お前次第だ」

「え……私次第……?」

「そうだ。終わりにするのも、続けるのも――決めるのはお前だ」

意味深な言葉が胸の奥で反響する。

私次第って、どういうこと?

逃げられないはずなのに……なぜか、その笑みに吸い込まれそうだった。