「これ、どうしようかな……」

田中さんの執拗な行動に恐怖しかなかった。

「この写真のこと、もう一度考え直してもらおうかな」

彼のスマホの画面には、ラウンジで接客している私が写っている写真。

「やっぱり藤田さんだよね。間違いない」

「違います……人違いです」

「藤田さん、嘘はよくないよ。俺だって確信があるから言ってるんだ」

田中さんは距離を詰めてきた。

「今度こそはっきりした返事をもらいたい。俺と付き合ってくれるなら、この写真のことは忘れる」

「でも、もし断るなら……」

田中さんの目に悪意が宿った。

「人事部に相談するかもしれないし、同僚にも話すかもしれない。副業を隠していた件も含めてね」

私は震えそうになった。

「考える時間をください……」

「今日の夕方までに返事をもらう。それが最後だ」

田中さんはそう言って去ろうとした。

その時――

「おい」

冷たい声が響いた。

振り返ると、河内さんが立っていた。

いつの間に……?

「副社長……」

田中さんの顔が青ざめた。

「藤田、席を外してくれ」

河内さんの声に有無を言わさぬ迫力があった。

「はい……」

私は慌ててその場を離れた。

少し離れた場所から、二人の会話を聞いていた。

「会話は聞かせてもらった」

河内さんの声は低く、静かだった。

田中さんは言葉に詰まった。

「それは脅迫にならないか?」

河内さんの一言に、田中さんの顔が真っ青になった。

「いや、脅迫なんて……そんなつもりは……」

「でも河内副社長、公私混同では?藤田さんを特別扱いするのは……」

田中さんが必死に反撃を試みた。

河内さんは冷笑した。

「それはお前のことだ」

「え?」

「藤田はお前やこの部署の社員からの嫌がらせで悩んでいた。上の立場として適切な配置に変更しただけだ」

田中さんは言葉を失った。

「嫌がらせ……?そんなつもりは……」

「仕事を押し付ける、残業を強要する、今回の件も含めて十分嫌がらせだろう」

河内さんの指摘は的確だった。

「お前の行為は職場環境を悪化させる重大な問題行為だ。人事に報告するのはこちらの方かもしれないな」

田中さんは完全に立場を失った。

「も、申し訳ありませんでした……」

「藤田に二度と近づくな。これは命令だ」

河内さんの威圧感に、田中さんは小さく頷いた。

「はい……失礼します……」

田中さんは逃げるように去って行った。

河内さんが私の方に歩いてきた。

「大丈夫か?」

「はい……ありがとうございました」

胸を撫で下ろしたと同時に、河内さんのプライベートとのギャップに驚くばかりだった。

「怖かったです」

「ああ、あんな迫られ方したらな」

「いえ、河内さんが……」

「……あのくらいハッキリ言わないとダメだろ」

確かに……

「これでもう心配ないな」

──河内さんに救われた。

「本当にありがとうございます」

河内さんは少し微笑んだ。

「当然のことをしただけだ」

強引な部分もあるけど、私の事を守ってくれた。

それがとても嬉しかった。

……なのに胸の奥はざわめいて、落ち着かなかった。

安心したはずなのに、なぜか河内さんの横顔ばかりが頭から離れない。